そういうトコも好きなんだけど・2







さて。

二人の休日。



アッテンボローは絶叫マシーン目当てに意気揚々と、ポプランは愛しのアッテン

ボローとのオープンなデートにこれまた意気揚々と出かけることになった。人目を

忍ぶデートではなくて朝から二人でお出かけである。

ゆっくり朝寝を愉しんで服装を調える。









アッテンボローの身支度は早い。



縺(もつ)れた翡翠色の髪は適当にブラシを当てただけ。洗顔と歯磨きをすませて

適当に服を選ぶ。本当はシャワーをあびたかったみたいであるが何せ「若い野獣」が

泊まり込んでいる。濃密な夜を再現されては敵わない。着替える姿もなるべ

くポプランにみせないように素早く着替えを済ませてしまった。





伊達男のポプランも身奇麗にするのは早い。



にんじんの色の短い髪に丁寧に櫛を入れて鏡で何度もチェックしている。洗顔後

はローションやコロンなど手早くはたき綺麗な白い歯にみがきをかける。口笛な

ど上機嫌で吹きながら自分のドレスアップに余念がない。結果的にラフでカジュ

アルな服装に落ち着くのであるがアッテンボローとはちょっとばかり違って洗練

されている。その違いはアッテンボローにはわからないがポプランやお洒落にう

るさい女性にはよくわかるであろう。



手間はかかっていても素早く支度を済ませているので二歳年上の恋人に文句を言

われずにすんだ。









「飯はどうするよ。」

アッテンボローは痩せている割によく食べる。太らない体質なのであろう。朝か

ら食欲がおおいにあるのはいいことであるとポプランは思っている。

「カフェで済ませちゃいましょ。うまいパン屋がありますよ。」

イゼルローン要塞に赴任したのは同じ時期なのにポプランはやたら民間区の店に

詳しい。



・・・・・・女とデートするには必要な要因(ファクター)だよなとアッテンボローは

いささかむっとしたけれど相手は恋の達人である。ささやかなりん気をおこ

してみても始まらない。それにポプランの自分を見つめる煌めく眸を目の当たり

にすると・・・・・・カリカリしたところで始まらないと機嫌を直す。アッテン

ボローは口には出さないが独占欲だって人並みにあるし・・・・・・これでもオ

リビエ・ポプランが好きなのだ。



じゃあいきましょうと洒脱で陽気な二歳年下の恋人が小癪な笑顔でアッテンボロ

ーに呼び掛けた。

さすがに手はつながないけれど・・・・・・ポプランとしてはアッテンボローに触れる

ことが好きだから女の子とデートするときのように手をつないでもよかったのであ

るがアッテンボローは赦してくれそうもない。ご機嫌を損ねないように愉しいデート

を過ごしたい。

そしてロマンティックで濃密な夜をもう一度過ごしたい。

昨夜の夜を思い出すと愉悦がこみ上げてしまうが不謹慎な顔は禁物。



朝食は満足できるものだった。

焼きたてのベーグルとパン屋の自家製ジャムに空腹を満たした。珈琲も美味い。

「悪くないでしょ。マフィンもいけますよ。」

親鳥がひなに食べさせるようにポプランは自分が食べているマフィンを一口サイズ

にちぎってアッテンボローに食べさせた。

悪気はない。

これくらいはオリビエ・ポプランは恋人にするのは当たり前のことなのである。

「は、恥ずかしいだろ。馬鹿。やめろ。」

アッテンボローには許容範囲外なので口元までもって来られた手をしたたかに

たたいた。



部屋なら赦されるのに。

人目があるから赦してくれないようだ。

残念。

ポプランは口元を尖らせて自分の口にマフィンの欠片を押し込んだ。困ったこ

とに。






そういうトコも好きなんだけど。



シャイなんだよなあと脳内を自分中心に塗り替えることができるのがオリビエ・ポ

プランの得意技である。あくまでポジティブなことが売りな男。

「調べたんですけどね。これからいくヘヴンズ・ドアー・パークにあるのが逆バンジ

ーの「スリング・ショット」。これです。」

とポプランは手のひらにのる小型端末で映像を見せた。

「あなたほどのひとが怖がったりエキサイトできる代物とは思えないんですけど。

宇宙で急上昇急降下なんてざらでしょ。」

マシーンの説明には「6Gの加速で無重力を体験し、高さ70メートルそして時速

160キロまで到達」とあった。



「でも楽しいじゃないか。スリングショットって言うとパチンコの仕組みなのかな。

なるほど。そういう形をしてるな。こういうのまってる間の緊迫感がわくわくする。

お前さんたちは毎日艦載機で6Gなんて当たり前に経験するだろうけれど俺たち

が乗る船は艦内で制御されているからあまり重力加速度を経験しないんだ。」

そうしょっちゅうアップダウンしてたら。



「今頃ヤン司令官なんて死んでるよ。」

さもありなんとポプランは同意した。

「似非恐怖を味わいたいって奴ですね。」

「そういうこと。こよなく平穏な日々を過ごしているおれはたまにこういう遊びも

したい。」



平穏な生活ねえ。

時折アッテンボローは物騒なことを平気で言う。

最前線の分艦隊であれ司令官らしからぬ発言。

「あなたって戦場で生きるか死ぬかってときでも平然としてそうですよね。」






そういうトコも好きなんだけど。

「さあな。おれより客観的におれを見ている人間に聞いてくれ。でもさ。ポプラ

ン。俺たち戦争屋がまともな神経を持ち得るなんてことはあり得ないと思わな

いか。」

特に死線をさまよったことがある人間は。

「平和に絶叫マシーンでわーきゃー言える幸せって、いいもんじゃないか。」



アッテンボローは綺麗な笑みを・・・・・・彼独特の見ているものの気持ちを爽快

にさせる不思議で魅力のある笑顔を見せた。



そういうトコも好きなんだけど。






じゃ。

「平和に絶叫してもらいましょう。その代わり声を出したらペナルティですよ。

そういう条件だったでしょ。」

ポプランはかわいい恋人の不思議な色の前髪を掬ってにっこりと笑った。

その手を不機嫌そうに払いながら「覚えてるぞ。老人扱いするな。」とアッテ

ンボローは答えた。

「ぎゃーともすんとも言わないからな。お前、今夜おれの奴隷だぞ。部屋にお

となしく帰って寝ろよ。・・・・・・一人で。」



いつでもおれはあなたの奴隷なんだけれど。

それに一人ってところを強調するあたりが案外独占欲が強いのかなと撃墜王

殿はときめいたりする。

昔のように女の子を隣に寝かせてはいけないらしい。



わがままな年上の恋人をエスコートしてポプランはくだんの遊園地に向かった。







祝祭日でもない平日の午前中の遊園地はひともまばらで。

「遊園地なんて何年ぶりかなあ。」

などとご機嫌でチケットを二人分買うのはダスティ・アッテンボロー少将閣下。御年

27歳。

「何年ぶりくらいですか。」とポプランが聞くアッテンボローはうきうきとしたご様子で

指折り数を数えだした。

「13年ぶり・・・・・・かな。士官候補生になる前だもんな。姉たちといったのが最後だ。

お前さんは何年ぶりだ。撃墜王殿。」

んーとポプランは考えて。「ここに赴任して一度きましたね。女の子がどうしても行き

たいというので。メリードーランドにのりたかったって。ラストはやっぱり観覧車でしめる

んですけどね。これって王道でしょ。アミューズメントパーク・デートの。」



ふうん。

「やっぱり女連れか。」

とあっさりアッテンボローはご機嫌を損ねた。

嫉妬心。



そういうトコも好きなんだけど。



でもなんだとアッテンボローは言う。

「女連れじゃないオリビエ・ポプラン少佐というのもつまらぬし絵にならない。仕方がないな。」

ときっちり2秒でもとのテンションを取り戻した。リカバリーの早いひとだとポプランは

惚れ直す。



「今はあなただけですってば。おわかりにならないですか。惚れてなきゃ男と遊園地に

来るようなおれじゃないですよ。」

とからかってみるとぺしんと頭をはたかれた。アッテンボローは顔を背けているが耳が

真っ赤である。照れるのはいいが手が早いひとだ。



「あれだ。あれ。逆バンジー!スリングショットとか言うやつだ。逆バンジーってクラシッ

クでいいよな。無重力系の絶叫マシーンよりこっちのが体感できる。あれやろうぜ。」

二人の目の前には投石機・パチンコをイメージできる巨大なマシーンがあった。

すいているせいもあって並んでいる人間も少ないし友人同士なのであろう、男同士や女同

士という組み合わせもカップルくらい多かった。自分たちもそのうちのひと組と思われるだ

ろう。



「チケット買ってきますね。」

「おい。財布。」

アッテンボローは下士官に奢られるのが嫌い。

デートの時であっても嫌い。

だから財布をポプランに渡してしまう。

なんだか複雑なリレイションだが上官を恋人にしたのだから反抗することもないかと

ポプランは預かった財布を尻ポケットに収めてチケット売り場に向かった。アッテンボロー

は順番をとるためにもう並んでいる。



よほど楽しみにしてたんだなあとポプランはほくそ笑む。









そういうトコも好きなんだけど。

小憎たらしくもあるけれど総合してみるとかわいらしさがこみ上げてくる。女じゃないぞと

また足蹴にされそうであるがかわいいものはかわいい。ポプランは至って正常である。

コーネフやシェーンコップをかわいいと思ったことはない。ユリアン坊やでも、だ。意地っ張

りで年上ぶるけれど愛しいと思えるのはアッテンボローただ一人。



ところで。

今日負けたら自分は一人でおねんねすることになっているらしい。二日続けて濃密な夜を

過ごしたくないというアッテンボロー。

・・・・・・基本的に制服組は体力がない。

今夜は是非とも昨夜以上の愛の宵をすごそうと思えば賭に勝たないといけない。そして

ポプランさんはそのかけにすでに勝算があった。









「こっちこっち。」

ご機嫌でポプランを人混みの中から手招きする。

確かにひとはまばらだがここは違う。自分が並んでいなかったらあと十数組に追い抜かれる

ところだった。人気がある乗り物だけにポプランにチケットを買わせて自分が並んだのは正解

だったとアッテンボローは思っている。

ハイネセンで遊園地には家族といったものだが懐かしいなと感慨にふける。

アッテンボローはフライングボールなどのゲームよりいささかクラシカルなコースターや

バンジーは好きだった。帝国が作った要塞にまさか逆バンジーがあるなんて思わなかったが

まあ気が利いていていいなと思っている。

「結構ひといますね。」

ポプランがアッテンボローの隣にたった。



たった三センチだけ彼が高い。

服だって着てればどちらかといえば優男に見えるのに脱ぐとすごいというのは反則だなと

苦笑する。



いけね。

そういう夜のことは思い出すなとアッテンボローは自分に戒めた。

とにかく賭に勝って今夜はこの絶倫男には部屋に帰ってもらおう。明日は朝一から会議だし

あくびなどしてムライ参謀長に咳払いされたらたまらない。

長年のつきあいだがヤン・ウェンリーがあの小うるさいおっさんを登用した理由はアッテンボロ

ーでもわかる。常人では考え及ばぬ智将であるヤンには普通の人間がどのような物差しで

物事を測るのか基準が欲しくてムライ少将を参謀に迎えたのだ。

嫌いな人物ではないがあえて厳しくしている様子がわかるので若いアッテンボローはいつも

目をつけられる。ドーソンほど陰険ではないから救われるが。



「これって搭乗人数が一度に二人までだから時間かかりますね。飲み物でも買ってきまし

ょうか。」

「いいよ。別にのど乾いてないし。」



ポプランは・・・・・・・。

いいやつだ。

僚友から恋人になってしまったけれど好きであるという気持ちは変わらない。

居心地のよい居場所をアッテンボローに用意してくれるから、つい甘えてしまう。

それを恋と定義していいのか時々疑問に思うが好きでもない男に抱かれると言うことは

あり得ないので自分はやっぱり恋してるんだと思う。惰性ではない。



自分が選んだ恋人がオリビエ・ポプランなのだ。








でも今夜は帰ってもらおうとも心に誓った。

肉体労働組は体力が違う。

はっきり言ってからだが持たない。

自分だって制服組にしてはまだ体力があると思っていたがとんでもなかった。

世の中には絶倫という人物が確かに存在するんだなとアッテンボローは歓談しつつ思った。



「賭に勝ったら今夜は自分の部屋に帰れよ。おれは明日は早い。」

「もちろん約束は守りますよ。そちらが勝てば、の話ですけどね。」

「あのな。おれだってこの手のマシーンで遊んだことはあるし女みたいに嬌声をあげるわけ

ないだろ。」

確かに周りの並んでいる女の子たちは興奮と恐怖ですでに列に並んだことを後悔している

ものも多い。あちらこちらで黄色い声が飛び交っている。



「まあまあ。不測しえない事態というものはいつどこでもあるものです。わずかな可能性

でもおれとしては独り寝はさけたいんですよ。」

だからといって。



今更女の子と一緒にベッドインしたいわけではないんですとアッテンボローの耳元で

ポプランは囁いた。








やめろ。耳は弱い。

そういうことをするからアッテンボローはポプランの脚を蹴る。



そういうトコも好きなんだけど。

デートといってもなかなか男同士ではラブラブな雰囲気にはならないものだとポプランさ

んも参ったなと思う。









けれど。

また今夜もこのひとと過ごせるならまあいいやとアッテンボローとは違ってなぜか

余裕がある撃墜王殿でありました。



3へ続きます。



 



これはいかんと思って訂正をした部分があります。

あってんが家族と遊園地に行ったのは14歳として13年前が妥当ですよね。

森沢さん、間違っていたらごめんなさい。

ていうか、だめですよね・・・。修正しました。