そういうトコも好きなんだけど・3
いよいよ順番が回ってきた。
何のって言われれば、逆バンジーの順番である。スリングショット。古代の地球21世紀に
流行したいささか古式ゆかしいアミューズメントである。
アッテンボローは思う。
賭に負けるはずがない。
逆バンジーで声を発すればアッテンボローの負けだがそれはあり得ない。
先ほどからおりてきた女性たちも見ているが興奮はしているものの笑っているものが多い。
女子供が笑う程度のお遊びで分艦隊司令官・・・・・・本人としては身分不相応の地位にいると
普段から思っているが上官からして大将閣下であるから文句が言えない・・・・・・そんな自分が
わあだのきゃあだの言うはずがない。
これでも忍耐は強い方だ。
今夜は早く寝ようとぺらぺらと話しかけてくる小癪な二歳年少の恋人を見つめていた。
先人の言葉には常日頃から考えさせられる。
「油断大敵。」
短い言葉であるが含蓄がある。
歓談しているアッテンボローを見てポプランは思う。まだまだ愛しい恋人は自分の本領を知ら
ないでいる。
オリビエ・ポプランは軍人である以前に「恋する男」なのである。
今恋している相手はまだ恋の初歩しか知らない・・・・・・と思われる。27歳という若さで少将に
なった人間のわりにこういうことには聡くない。
色恋の事情に疎い。
どんなときでもオリビエ・ポプランは恋する狩人なのである。
それを忘れてはいけない。
そういうトコも好きなんだけど。
もっとも・・・・・・恋愛に手慣れてしまったアッテンボローには魅力を感じないかもしれない。
きっとこのひとはいつまでも根が素直で正直で・・・・・・あったかい。
だからこそ惹かれた。
無邪気な笑顔は本物だからこそ、美しいとポプランは思っている。
要するに。
アッテンボローは今夜もポプランのうでの中にいることは確かであると若い撃墜王殿は確信し
ていた。
シートに座りベルトを係の人間がしっかりと締める。
すでに貴重品は預けている。
準備は万端という具合であとはカウントダウンをまって発射である。
「色気のない縛り方だなあ。興が冷めます。こう色んな縛りかたってあるでしょ。亀甲・・・・・・。」
「却下。馬鹿か。お前は。昼間は昼間らしい言動を望む。」
不謹慎なポプランの言葉にアッテンボローは鼻を鳴らした。
やっぱりアッテンボローはまだまだわかっていない。
ポプランが「若い野獣」であることを。
カウントダウンが始まり機械ごと体が後部に引き寄せられる。この反動を利用して空中を
飛ぶのだ。アッテンボローは別段興奮する様子もなくまるでシャトルに搭乗して出発をまっ
ている風情である。
横顔。
綺麗だな。
なんでこんなに惚れてしまったんだろうとポプランは自分に呆れもするけれど、恋とは墜
ちるものだ。このひとに墜とされた。
確実にこのひとに墜とされたのは自分だと思った。
駆動音と発射音が続いて周囲の歓声が聞こえたときにはアッテンボローもポプランも空
中にいた。確かに6G程度の重力加速度が加わっているとポプランは平時と変わらない。
これくらいの重力加速度で辟易するようではドッグ・ファイトの前にワルキューレに墜とさ
れる。実際、出撃の時は酸素マスクをつけているし意識を失うことはない。Gスーツとい
う耐Gスーツを着ているから2から3Gで飛んでいるが7Gを超えるとポプランやコーネフあ
たりのトップガンでも気合いの領域になる。
何もない状態で6Gの重力加速度が体に加われば強がりのアッテンボローでも目がちか
ちかして視覚をやられているに違いない。
ちらりと時速160キロのスピードの中隣の恋人を見てみれば。
笑っていた。
声こそ出してはいないが笑っている模様。
相当のスピード狂なんだなとポプランは思い・・・・・・作戦実行する。
声を出せば、賭に負ける。
声を出させれば賭に勝つという簡単な理屈。
ポプランは何食わぬ顔をしてアッテンボローの耳たぶを優しく噛んだ。ソフトに。けれど執拗に。
この状況下で色事をなしえる人間は彼以外にいないと思われる。
耳たぶを口に含んで舌をアッテンボローの耳の穴に入れて、舐める。
「・・・ひゃぁっ!・・・っんっん」
この悩ましく甘美な声はアッテンボローの漏らした声。
圧勝である。
どんな状況下であろうともオリビエ・ポプランは色事に通じているのである。提督たるものそんな
「人間性」は把握してしかるべきでこの賭を赦した段階で実はアッテンボローはポプランに敗する
運命にあった。
頂上に投げ出されたときにはアッテンボローはポプランの舌と指の愛撫だけでかなり啼かされて
しまった。
若き野獣であるポプランの作戦勝ちということになる。
アッテンボローは甘かった。
事実、ポプランにとってはアッテンボローは甘いのである。
存在自体、愛しくて甘い。
かくてささやかなる二人の恋人の小さな賭け事は恋愛に一日の長があるポプランが勝ち、地上に
無事戻ってきてアッテンボローは己の敗北を思い知った。
「きったねえぞ。ポプラン。」
安全装置をはずして貴重品を返してもらってアッテンボローは耳まで真っ赤にしてポプランに
敗北という名の抗議をした。
にっこりときらめく夏の緑を思わせる眸の持ち主はこともなくアッテンボローの蹴りをよけて言う。
「あなたが綺麗すぎるんですよ。」
ディナーは夜景が綺麗なレストランでとった。
イゼルローン要塞の民間区には様々な店や娯楽施設があり少し高いところから見下ろせば
ちょっとした美しい夜景が拝める。
ややご機嫌斜めのアッテンボローをなだめながら夕食はしっかり食べさせた。といってもこれも
スポンサーはアッテンボロー。
賭に負けた上に下士官に奢られるのを彼は絶対に赦さない。
アッテンボローの部屋についても彼の天真爛漫な笑顔を見ることができない。ちょっとばかりお
ふざけがすぎたのかなとポプランは少し思って。
「じゃあ。今夜は帰ります。おとなしく。こんな負け方あなたは納得いかないだろうしあなたが愉快で
ないならおれだってつまらないです。二人で過ごせる夜なんてまだこれからもやってきます。だか
ら今夜はゆっくり寝てくださいね。」
玄関ホールでポプランはアッテンボローの額に・・・・・・男のわりに肌理の細かい綺麗な素肌にキスを
そっとおとして優しく言う。
「・・・・・・賭は賭じゃないか。」
恋愛においてアッテンボローはポーカーフェイスではない。
少なくともポプランにはかなり正直だ。
戸惑いと憤懣と・・・・・・・わずかに寂しさがその顔に浮かんでいる。
「賭は賭ですけど。つまんない賭ならいっそ反古にしておれはあなたと仲良くしていたいんです。そりゃ
いつも笑顔でいて欲しいとまでは言いません。でもさっきから悔しそうにしているあなたを見ていると
・・・・・・。」
「嫌いになったか。」
ポプランの骨張った長い指がアッテンボローの柔らかい頬をなぞる。
「なるわけないでしょ。どこをどう考えればそんな無意味(ナンセンス)な回答に行き着くんですか。
あり得ないです。嫌いになるはずがない。」
こつんと額に額をくっつけて。
「好きで好きでどうしようもないほど好きです。おれの人生あなたに預けてもいいほどあなたが好き
なんです・・・・・・あなたが好きだから、理不尽な思いをしているならそれをなかったことにしちゃった
方がいいと思ったんです。おれに詐欺にあった気分でしょ。」
「・・・・・・そこまでひどくは思ってないけど・・・・・・悔しいんだ。」
よくよく考えてみればポプランが手段を選ばないことなどいつものことである。
アッテンボローはそれも想定して対処していれば・・・・・・賭に負けることはなかった。
単純に負けたことが悔しいのだ。
そういうトコも好きなんだけど。
「負けず嫌いですもんね。あなた。」
もっと嫌いなことがあるぞとアッテンボローは赤めの金髪に指を差し入れて引き寄せて耳元で
囁いた。
「約束を破るのは嫌いだ。同情されるのも嫌いだ。淑女(レディ)たちはともかくおれは賭に負け
た。だからお前はお前の好きにすればいい。一番嫌いなことは・・・・・・お前がお前らしくなく生き
ることができないことだ・・・・・・。」
ため息にも似た声がポプランの胸を激しく撃った。
引き寄せられるままに玄関ホールでアッテンボローを抱きしめて唇に・・・・・・意外に柔らかくて
しっとりとした唇にキスをした。この唇をいとおしいと・・・・・・・そしてこの唇のやさしさを知っている
のはポプランだけ。
抱きしめた体は背だけは伸びているものの薄い華奢な肩をしていて細い腰がしなって徐々に密
着する様を知っているのはポプランだけ。
交わす接吻けのあいまに漏れる歓びの吐息を知っているのは、ポプランだけ。
夢中で抱きしめているとアッテンボローが耳元で呟いた。
「・・・・・・側にいろ。馬鹿。」
ハートを射抜かれた。
これで陥落しないならおれは狂っている。
アッテンボローがポプランに側にいろというならば。
もう帰れない・・・・・・。
離れられない。
「あとで文句、言いませんか。おれ、帰らないですよ。」
「男に二言はない。帰るな。」
「帰らなかったらあなたのことしゃにむに愛しちゃいますよ。節操なく朝まで抱き続けてしまうかもしれ
ない。あとで帰れっていってもだめですよ。わかってますか。あなた。」
こっくりとアッテンボローは頷いた。
「男に二言はないんだ。・・・・・・ずっと側にいろ。賭なんてどうでもいい。」
俺は言わないけど、お前のことおれなりに愛してるんだぞ。
そう心の中で呟いた・・・・・・。
「明日早いんでしょ。」
「早い。」
でも。
「帰るな。おれが好きならおれの側にいろ。ここまで言わないとわからないのか。お前は。」
真っ赤になってアッテンボローはポプランに抱きしめられたまま言った。
「・・・・・・あなたが好きです。大好きです。」
ポプランは滅多に言質を取らせないアッテンボローが自分を求めていることをはっきりと示した
ので胸が疼いた。
甘く疼いた。
抱き上げられてシャワーも浴びるのももどかしく互いに互いの服をもぎ取って素肌を重ねた。
唇を重ねたまま互いの香りを感じて抱き合う。
体が触れあうこともぬくもりを感じてあたたかな気持ちになるがアッテンボローもポプランも互
いの心が繋がっていると深く感じていた。
そう信じていた。
指の愛撫も舌のそれもすべて心に刻み込みたいほど大事で。
「ん・・・ぁっ・・・」
声の魔法にポプランはとらえられた。
アッテンボローの喘ぐ声にさらに情欲と愛情が高ぶる・・・・・・。
肌蹴た胸元からのぞく白い肌に唇で紅い印を刻み込んでゆく。
露(あらわ)になったアッテンボローの淡雪の色をした薄い肩。
肌理の細かい肌にもポプランは「所有印」を刻印する。
このひとはおれのもの。
このひとはおれだけのもの。
アッテンボローは吐息を漏らし愉悦に浸りながらポプランのその行為を赦した。
自分はこの男のものでいい。
口には出さないが男の髪に指を入れて頭を抱きしめる。
白い裸の胸に。
不思議な定めで恋に墜ちて互いを求め合って生きている。
肌を重ね抱きしめ、抱き合うといっそうそれを感じずにはおれない二人。
ポプランがアッテンボローの中に沈めると内奥のひだがポプランを容赦なく締め付ける。それす
らも一緒にいる安心感を感じさせた。
「・・・・・・っ痛くないですか・・・・・・。腰、動かしてもいいですか。」
ポプランにだって余裕なんてない。額から玉のような汗が噴き出しているし呼吸も荒い。アッテン
ボローを傷つけたくない一心で庇うように抱いていた。
それはアッテンボローにかすかな悦びを与えた。
「・・・だ、大丈夫・・・だ。・・・・・・動け・・・よ。・・・ぁ・・・んっ・・・」
肌に赤みがさして熱を持っていることがわかる。
しっとりと汗が二人の密着度を高くする。
ゆっくりと、そして徐々にアッテンボローが感じるところに突き上げてくるポプランをアッテンボローは
受け止めわずかに残る痛みとそれを遙かに凌駕する愉楽と愛情を信じることができた・・・・・・。
「ぁ・・・・・・い、いく・・・お、オリビエ・・・。」
ぎゅっと指を絡めて握りあう。
手を、離さないでほしい。
二人きりのときは、手を離さないでほしい。
おれももうもたない・・・・・・。
アッテンボローが絶頂を迎えて啼くとその締め付けでポプランはアッテンボローの体の中に己の
男を解放した・・・・・・。
さっき。
オリビエって言いましたね。
まだ肩で息をしているうでの中のアッテンボローに口移しで冷たい水を飲ませてポプランは言
った。
「・・・・・言ってない。」
「言いました。この期に及んで弁明なさるおつもりですか。往生際が悪いなあ。そういうトコも好き
なんですけれどね。」
ポプランにしがみついてアッテンボローは渋々認めた。
「・・・・・・だったらお前もおれのことプライベートではファーストネイムで呼ぶんだぞ。丁寧語もなし。
尊敬語も謙譲語もなしだ。・・・・・・恋人ってそういうもんだろ。恋の達人。」
そういうトコも好きなんだ。
逆切れするところも不貞腐れる仕草も。
ふうと息をついてポプランのうでの中でまどろんでいるアッテンボローが恋しくてたまらない。
ずっと。
ずっと一緒にいるから。
眠りに落ちそうなアッテンボローにポプランは囁いた。
「・・・・・・当たり前だ。馬鹿。」
いわれた恋人はそう答えるのがやっと。
意外に長い睫が伏せられて穏やかな寝息を立ててポプランの腕の中で眠りについた。
意地っ張りで小憎らしくて。
わがままで勝ち気で。
でも、そういうトコも好きなんだ。
今夜も白旗を揚げるのはポプランであった。
fin
RってほどのRがなくてごめんなさい。BLは難しいというか肉体関係を
萌えるように書くことの難しさを最近もつくづく感じます。全然ラブラブな
デートでもなかったしRといえないRですが一生懸命書きました。
いらなかったらスルーしてくださってもかまいません。駄文、でしかないんです。
でももし読んでいただいて元気が出るわーというかたが一人でもいらっしゃ
れば幸いに存じます。
森沢さまへ、愛情だけを込めて。
りょう
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