背中より絡めた指で伝え合う・4

傷つけるために、愛した訳じゃない。
苦しめるために、愛した訳じゃない。
あなたの微笑み、おれには痛すぎる・・・・・・。
早く。
早く、この場を立ち去らなければ。
自分でもこの事の成り行きに戸惑っていないわけではない。
最新データがあるからと寄りによってアッテンボローをこの部屋に連れてきてし
まった。自分が寝起きする処に・・・・・・。
事実、彼のレポートを読んでみると士官学校のデータベースでは限界があるなと
思った。準優等生の彼の論文はできがかなり良かった。なかなか斬新で面白く秀
でたレポートだったから、キャゼルヌは古いデータを用いるのが・・・・・それ
でアッテンボローの評価が下がるのが惜しくなったのである。自分が持っている
官舎の端末にならばその方面の新しいものがあったなと思い出した。関心があっ
たので集めていたところだった。
だから・・・・・・何もアッテンボローに疾しい(やましい)ことはないはずな
のに、部屋に招いてしまった。
事務局の執務室で二人きりになることは何度かあった。
でもそれと今では全然違う・・・・・・。
「さすが先輩の部屋ともなると広いですよね・・・・・・。いいなあ。部屋だけ
は。」
士官候補生のアッテンボローはこの部屋のリビングくらいのスペースで二人で寝
起きする。大尉ごときの官舎の広さは佐官に比べものにはならないけれど個人の
プライバシーは守れる。思春期にいるアッテンボローからすればうらやましいと
思うのも仕方がないかもしれない。
「士官学校を卒業すればこの程度の部屋は貰える。せいぜい出世するんだな。青
少年。」
そう。
青少年ともいえるアッテンボローに大人であるはずの自分が・・・・・・恋して
いる。邪(よこしま)な感情。アッテンボローが眩しければ眩しいほど己の情念が
黒く思えた。
「出世する気にならないですよ。できれば前線で戦う一兵卒でありたいで
す。そうすれば少しは生命の有り難みを忘れないでしょう。そういう感覚が慣ら
されて行くのは・・・・・・ちょっと辛い気がします。」
甘いですよね、とアッテンボローは破顔した。
「正常な感覚だよ。俺のように事務ばかりしていると自分は人殺しではないと錯
覚しきっている。度し難いものだ。」
苦笑してキャゼルヌはそう呟きデータベースをアッテンボローに見せた。
「先輩・・・・・・すみません。そういうつもりで言ったわけじゃないんです・
・・・・・・軽佻な発言でした。」
アッテンボローは言葉に困って謝った。
「いや、俺もらちのないことを言ったよ。すまん。・・・・・・珈琲をいれてく
るから自由に端末を使ってかまわんよ。ブランク・メディアもあるし勝手にして
くれ。」
大人げない。
キャゼルヌは自分をそう評価していた。
歳の離れたヤンやアッテンボローと調子をあわせて付き合っても苦になるどころ
か愉しく思える。彼等も幾分大人びているせいもあるが自分の幼さも大きく起因
しているように思える。八歳も年少のアッテンボローを困らせるようなことも自
分はつい、口走っている。
台所(キッチン)で珈琲をいれながら思う。
アッテンボローの性質はとても安定している。
勿論、若さ故に暴走することはあっても育ちの良さを感じる。稀に見る欠損家庭
ではない出自だからか基本的に偽悪を装っても鷹揚だ。凍えた幼年期を過ごして
きた所以か温かさを感じてはそれを欲する。この時代、生い立ちの不幸は致し方
ない。温もりを求めても得られぬ人間が多い。特別自分が悲哀に満ちていると夢
にも思わないが、アッテンボローの春の陽射しのような笑顔は・・・・・・自分
を狂わせる。
求めてはいけない。
けれど心は動く・・・・・・。
自分は素直で真っ直ぐなアッテンボローに憧れと・・・・・・恋慕を間違いなく
抱いているのだ。そんなことは禁忌(タブー)なのに・・・・・・。
アッテンボローには・・・・・・。
同じようなまばゆい笑顔の似合う女性がそのうち現れるだろう。いや・・・・・
・そうあってほしい。でないと自分は・・・・・・何をしだすかわからない・
・・・・・。
そんな思いは表にださないでキャゼルヌは書斎で論文用のデータベースを見てい
るアッテンボローに珈琲を出した。
「わあ。先輩。今日だけは天使みたいですね。遠慮なくいただきます。」
「・・・・・・一言余計だが事務局の珈琲よりはましなはずだ。俺は豆にこだわ
るから。もっともいれかたは極めて不調法だがな。」
先輩は。
「味にうるさい割に料理上手の恋人一人も作らないんですか。先輩って料理下手
じゃないですか。」
アッテンボローは無邪気にマグカップを口にしながらキャゼルヌに言う。
「・・・・・・そうだな。本部に移って給料(サラリー)が上がれば考えるとしよ
う。・・・・・・まずいなら無理に飲まなくて良いんだぞ。アッテンボロー。」
渋面をつくって言うとアッテンボローはいや、事務局の珈琲より数段美味しいで
すと笑った。
綺麗な、無垢な笑顔。
心が、痛むのは何万回目だろう・・・・・・。
窓をまた雨が打っている・・・・・・。さっき一旦止んだのだがまた夕方にかけ
て降り始めたらしい。アッテンボローの用がすんだら寮まで地上車で送ればいい
か・・・・・・とキャゼルヌは雨で移ろいゆく夕闇を硝子越しに眺めていた。
この想いは。
自分の過去になる日が来るだろうか。
本部勤務になればダスティ・アッテンボローは過去の想い出に変わるだろうか・
・・・・・。
過去にしてしまえば良い。
恋い焦がれて生きるのは、辛過ぎる。
5へ続きます。

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