背中より絡めた指で伝え合う・3







傷つけるために、愛した訳じゃない。

苦しめるために、愛した訳じゃない。

あなたの微笑み、おれには痛すぎる・・・・・・。

それでも



あなたの側にいたい。















雨だ・・・・・・。

士官学校の図書室で戦略の論文を書いていたアッテンボローは窓に銀の滴がいく

つもいくつもぶつかっては散っている様子を、ちらりとみた。彼は特別詩人では

なかったので散文的に、傘がないなと頭をかいた。青年は困ったときについ自分

の緑青の髪を掻き乱す。



ヤンたちが卒業して。

学校もそう愉快な場所ではなくなり、年長の姉達と育って来ているアッテンボロ

ーは同期生が幼く見えて仕方がなくて一本線を引いてそこそこの付き合いしかし

ていなかった。事実、ダスティ・アッテンボローは同世代の青年より大人びたと

ころがあり、やや醒めた部分を持て余していた。



今までならばそんなときにヤン・ウェンリーやジャン・ロベール・ラップなどは

空気があうのかアッテンボローと戯(ざ)れる。その馴れ合いはそれぞれにとって

一種の退屈で陰欝な士官学校候補生時代の活性剤になった。






彼らが卒業してから今、アッテンボローが忌憚なく接することが出来るのは・・

・・・・。












「雨だな。傘を忘れてきた。」

アレックス・キャゼルヌ事務局次長だけ。

抑揚のない淡い口調がアッテンボローの耳に心地よく響いた。



事務局に傘、あるんでしょ。



顔を上げないでアッテンボローは止まっていたペンを走らせた。









悟られてはいけない。

恋していることを。









だからアッテンボローはつい素っ気なくキャゼルヌに呟いた。

悟られてはいけない。

今の関係が壊れてしまえばアッテンボローは、辛過ぎる。








出会ったときに恋をした。

どんな理屈もつけることができなかった。7歳年長のサンド・ベージュに似た髪

の色を持つ男に惹かれた。



声が好き。

大人の背中もきれいな指先にも心が震えた。

このひととは・・・・・・。

きっと一生一緒なんだと15歳のアッテンボローは確信した。






けれど・・・・・・怖いときもある。

自分はただの17歳の青臭さが残るガキでキャゼルヌに愛される理由などかけら

もないという気持ちにも苛まれていた。キャゼルヌは秀才官僚で今学期が終われ

ば国防軍本部へと栄転になると聞いていた。



もう会えないかもしれない・・・・・・。

メモを書きなぐり端末でデータを目でおいながら。

日々、別れの予感に怯えていた・・・・・・。



何も傷つかぬふりをして。









「おまえさんはどうするんだ。傘、あるのか。」

「いいえ。降られてぬれねずみの予定です。冴えないですよね。」

傘くらい事務局にあるから貸してやるとキャゼルヌはアッテンボローの座ってい

る席の隣に腰掛けた。

「アナログなんだな。」

そうキャゼルヌは言った。感情が見えぬ声なのに何故だか優しい温度をアッテン

ボローは感じる。



「何がです?」

「端末でだいたいレポートを仕上げるものが多いのに。なかなかいい万年筆だな

。若いくせに年代物を使って生意気な奴だ。」

ああ。これですかとアッテンボローは右手の万年筆をキャゼルヌに手渡した。

「おれの祖父様の形見なんです。親父は使わないから勿体なくて。この前の休日

家で見つけたんでせしめてきたんですよね。」



夏の休みに実家に帰った。

久々の帰省で父親は取材で不在だった。さぞ母親は喜ぶだろうと思った・・・・

・・。

事実喜ばれた。

大工仕事をしこたまさせられたのである。

なにせアッテンボロー家は男手がない。業者に頼めばいいのにと青年は文句を言

いつつも親の泣き落としにからきし弱くて結局、屋根の修繕で休暇を終えた。道

具を探しに屋根裏部屋にいったとき、手を入れたら十分使える万年筆をアッテン

ボローは見つけた。彼は手先が割合器用なのでインクを入れ換えて古風なその書

き味を愉しんだ・・・・・・。



「古臭いですけど使い勝手悪くないんです。」

真面目に言うアッテンボローを目を細めてキャゼルヌは見つめていた。このひと

のこんな眼差しに胸が熱くなる。だから、つい視線を外した。

「悪くない懐古趣味だな。」

「さすがに清書は端末ですけれどね。データにしないと事務局が受け付けてくれ

ないし。覚えがきだけこれ使っているんです。」

手渡された万年筆をしげしげと見つめてキャゼルヌはアッテンボローに返した。

「おまえさんが大事に使えばお祖父様もさぞお喜びだろうさ。おれにはそういう

あたたかい話は縁がない。羨ましいよ。・・・・・・嫌みで言っているんじゃな

いぞ。」



そうだった・・・・・・。

欠損家庭ではない家庭で育ったアッテンボローには当たり前のことでもここに集

う多くのものが家族の思い出すらないことを時々思い出す。



「すみません・・・・・・。おれデリカシーなくて。」

アッテンボローは万年筆を受け取り頭をまた、かいた。



謝るな。



「おれもデリケートじゃないから。まあもう少し給料(サラリー)が上がれば料理

上手な女性でも射止めて子供を授かって円満な家庭というやつを手に入れたいな

とは思ってはいる・・・・・・。」









そうですね。

雨が静かに二人きりの図書室の硝子を打った・・・・・・。



「そうですね。先輩ならいい奥さんを貰えるでしょう。本部に栄転も決まったん

だし未来の後方勤務本部長って話ですからね。女性が放置しないですよ。」

アッテンボローは嘘が上手。

心にもないことを笑顔で言える・・・・・・。






それがなあとキャゼルヌは顔をしかめた。

「噂なんてものでは世の女性は降嫁せんものだ。おかげさまでまだまだ放置され

たままだよ。女性は合理的で現実的だからなあ。今現在のサラリーを吟味してい

るのだろう。」

言い終えてアッテンボローを見つめて、小さく笑った。



このひとには・・・・・・あたたかい家族が必要なんだろう。アッテンボローは

思った。男の自分では子を産むことは出来ないから・・・・・・。

このひとが家庭を欲したならば喜んで祝福するのがいいんだろう・・・・・・。










おまえさんは。

「17歳になったか。どうだ。可愛いGFの一人でも見つけたか。」

沈黙の川が流れて雨音が響いた。

「いたら一人でこんなつまらないレポートなんぞかいてません。」

アッテンボローはまたペンをとって書き物を始めた。

自慢げに言うな、馬鹿者。

キャゼルヌは笑った。



「おまえさんは御面相も愛嬌があるし頭の回転もいい。だが恋愛に関してはヤン

とさほど変わらんようだな。そんなところまで似なくてもいいものを酔狂なこと

だ。」

頬杖をついてキャゼルヌはアッテンボローをまじまじと見つめた。

いいんですよ。酔狂で。



「おれは結婚願望なんてないですしきっと結婚しないでしょう。三人姉がいれば

あまりに女性が生々しいのでロマンチックな恋愛には程遠い人生を送るに違いな

いと思っているんです。」

17歳の青年らしくない不健全な発言をするなあとキャゼルヌは呆れたように言

う。



・・・・・・。

「・・・・・・。アッテンボロー。別に驚くことでもないがおまえさんは男の方

が好きなのか。責めてるわけでも蔑視しているわけでもない。現におまえさんを

慕っている下級生もいるし。」



・・・・・・。
先輩。



「そういう質問はパワーハラスメントでセクシャルハラスメントでもありますよ。」

にっこりと微笑んでアッテンボローはキャゼルヌに言った。そういわれてキャゼ

ルヌはふんと鼻を鳴らした。窓を見つめたら。






やんだな・・・・・・。

雨があがっていた。通り雨だったようである。

傘を借りる口実はなくなった。ほんの少しでもこのひとの側に居られる時間が減

った・・・・・・。アッテンボローは少し惜しい気持ちを抱いた。



いつになれば、隣に立てるだろうか・・・・・・。そんな日は自分の希望でしか

ないのだろうか。勝手な恋心が作り出した幻だろうか。側にいたい・・・・・・。






キャゼルヌは仕上がっている分のレポートを読んでいた。



この資料なら・・・・・・。



「この部分の資料なら一番新しいものがおれの家にあるが使うなら貸すぞ。ここ

のデータベースはちと古いものがある。どうする?準優等生のダスティ・アッテ

ンボロー候補生。今の論文の評価が必ず上がるとは思う。」



え、と17歳の青年は頓狂な声をあげた。

「おれが論文でよい評価をとれば先輩に何かメリットがあるんですか。」

つまらぬジョークを言うのが精一杯のアッテンボロー候補生。

ある、とアレックス・キャゼルヌ事務局次長は咳ばらいをして言い切った。






「おれも将来は運さえあればよい上司のもとで働きたい。ラップも出世するだろ

うがおまえさんもなかなかいいところまで行く予感がする。自分の上官が馬鹿だ

と嘆かわしいからな。今のうちから英才教育していれば事務を請け負う身として

は数年先の自分の仕事のためになるやもしれん。」



わかったか。青年。



半分以上は真面目に言っているキャゼルヌをみてアッテンボローはため息を一つ

、ついた。












こんな度し難いところも好きなんだよな・・・・・・。

わかりましたとアッテンボローは言い、分かればよろしいとキャゼルヌは言う。






空から光の粒子がきらきらとこぼれ秋の高い青空が図書室の窓から見えた・・・

・・・。



4へ続きます。