背中より絡めた指で伝え合う・2
傷つけるために、愛した訳じゃない。
苦しめるために、愛した訳じゃない。
自分さえいなければ、お前はその微笑みを違う誰かに向けていたのか・・・・・・。
それすらも。
嫉妬する。
あってはならないことなのに、現実というものはまま自分の思う通りに事は運ばないようだ・・・・・・。
安い酒に手を伸ばし・・・・・・まだ自分の年給ではそうたいした高級な酒は買うことはできない。寝
酒というわけではないが一日の疲れをほぐすのにひとときの友になるのが、酒だ。
教員用の官舎でひとり暗い部屋に帰る。
そんなことはなれている。
時々とてつもなくひとのぬくもりが恋しいと思う夜もある。
なぜか秀才官僚だのといわれているらしいおれが、女々しいことだろう。この時代に係累がいない
など当たり前のようなもので。幼少期を孤児院で過ごして奨学金で教育を受けていた。ちょっとした
間違いさえなければ、経済で食っていくはずが今国防軍士官学校の事務局にいる。
あいつは・・・・・・ダスティ・アッテンボローとかいうまだ少年は春風のようだ。
などらちもないことを考えた。
欠損家庭ではない、両親も姉弟もそろった家庭で育っているからなのかわるぶってみるけれど
鷹揚で育ちの良さが伺える。どこかあたたかいものを持っていて・・・・・・。
だから惹かれているというのか。おれは。
まだ15の洟垂れ小僧に。
22歳のおれが、少年とも言える男の・・・・・・あの声を待っている。
「先輩。キャゼルヌ先輩ってば。」
狂ってる。
おれは何かトチ狂っている。
何を期待している。何をほしいと願っている。頭がおかしくなってしまったとしかいいようがない。
であったときに恋をした。
もうそれが間違いでしかないのに。
おれはなぜ不覚にも恋なんてしたんだろう。
不覚にも、やつを思ってしまうのだろう。
一人の部屋に帰る夜。灯りのない部屋に帰ることなどなれてしまっているはずなのに、一度
ぬくもりを知ると心の中がさえざえとしてくる。日だまりのあたたかさを一度覚えると、一人生き
てきた自分のような男は・・・・・・どん欲にその温度を恋しくなる・・・・・・。
グラスをおいて寝返りをうって。
手に触れることは赦されない。
決して、決して赦されない。
あの純粋な光を汚してしまう権利は誰にもない。
もちろんおれなんかにはない。
絶対に。
だからせめて夢の中であいたいと願うのは狂気の沙汰だろうか。
せめて夢の中で風に吹かれてなびくお前の緑青の髪を見守るだけでいい。それも赦されぬこと
だろうか。酒に溺れるほど弱くはない。眠れないほど神経が過敏なわけでもない。ただ。
夢の中で、見つめていたい・・・・・・。
一度、柔らかな日差しに包まれてしまったら・・・・・・暗闇だけでは切なすぎる。
おれは何か、壊れているのか・・・・・・?
とうとうアレックス・キャゼルヌ少将がイゼルローン要塞に赴任が決まった。
年を超した一月中旬到着予定。
ダスティ・アッテンボロー少将が艦隊演習を行うのでそのついでとなる。ヤン・ウェンリー
イゼルローン要塞駐留艦隊司令官は分艦隊司令官になったばかりのアッテンボローに
艦隊の足並みを整えるすべを学んでほしかったので頻繁に艦隊演習に出していた。
けれどキャゼルヌの迎えだけは本当ならさせたくはなかった。
ヤンはアッテンボローもキャゼルヌも得がたい友人であり、得がたい僚友であると思って
いるが。
二人が今もお互いを求めていることは実は彼だけが知っていた。
キャゼルヌは何かを決意してオルタンス・ミルベールという健康的で明るい女性と結婚し
た。上官の娘とはいえど出世とは縁がない閨閥を目当てにした結婚でもなく自由恋愛の
末、結婚した。料理が上手で家事を取り仕切ることが愉しくて仕方ないという素直で明る
い気質の美人である。現在二人の娘を間にもうけてつつがなく幸せに暮らしている
・・・・・・はずなのであるが。
ヤンにはわからぬことがある。
充実した家庭を持っても、未だなおアッテンボローを欲するキャゼルヌの気持ち。
わかることもある。
人間、道徳だけでは割り切れぬ性(さが)を持っているということ。
キャゼルヌ一人を責める気もない。アッテンボローの倫理観を責めるつもりもない。
ただ、離れがたい二人がやはりこうしてまた再会して・・・・・・またつながることが友
人として見ていて少しだけやるせなかった。
それほど愛しているならばオルタンスではなくアッテンボローと結婚する選択肢を選ば
なかったキャゼルヌがわからないし、それを赦さざるを得ないアッテンボローが辛く見え
る。バーラト星域すべてにおいて同性婚を禁止しているわけでもない。だから赦される
自治体で結婚してもよかったのに二人はそれを選ばなかった。
それはヤンではわからない・・・・・・。
第三者ではわからないのだ。
けれどヤンにはその二人はどうしても必要だった。
アッテンボローには未知ではあるが確かな用兵家としての感性がある。キャゼルヌに
は要塞事務監という仕事を引き受けてもらわぬといけない。これからのヤンの道のりを
思えばどうしてもこの二人は自分の幕僚として必要だった。
「そりゃね。キャゼルヌ夫人やご令嬢には悪いと思います・・・・・・。おれ自身が存在悪
だなって思わない日はないですよ。」
いつかアッテンボローはヤンにそう漏らしたことがあった。でもそれはアッテンボローだ
けの問題ではなくてキャゼルヌ、むしろキャゼルヌがはっきりしないからこういう関係が
続いているのであろうとヤンなどは思うのであるが。
「お前さん一人が悪いとは言えないだろう。」
ヤンは言った。
「そりゃ誘惑された訳じゃないですし自然と恋したわけですから・・・・・・一人だけの
責任ってのではないんですよ。でもやっぱりあれだけかわいいお嬢さんたちを見れ
ば精算すべき関係ではないかと思うときもあります。精算できればね。」
そうだねというほかない。
精算できてオーバー、にできるならあの賢い二人がこの迷宮にとどまっていること
もあるまい。
どのみち。
道徳的ではないことだけは確かだがその定規でものを測るのは時折難しいことも
ある。簡単に言えば綺麗事ではない関係だが、現にこの二人の絆は存在し色あせる
ことなく・・・・・・これだけの距離があっても心がはなれたことがない。
ヤンは思う。
肉欲や情欲であればまだ赦されもしよう。
でもアッテンボローとキャゼルヌは魂が結びついている。
絆がいつの間にか介在している。
それは、とぎれることなく固く結ばれているように見えた・・・・・・。
「二人のことはマダム・オルタンスもご令嬢も知らないだろう。」
「I guess so.・・・・・・多分。いずれわかる日が来るかもしれないです。だってヤン先輩
でさえ気がついてるんですよ。あの賢妻のマダムが気がつかぬわけはないでしょう。」
じゃあまさか公然の仲なのかとヤンは驚いたが。
「いいえ。秘密です。少なくとも三人とも何事もないように歓談するんです。修羅か
畜生の世界でしょ・・・・・・。」
ぞっとする資格はもうとうの昔になくしたとアッテンボローは薄く笑った・・・・・・。
いつか話した夜のことをヤンは思い出し周りに人がいないので、軽く首を振った。
キャゼルヌは家族を連れて来年の10日前後にこのイゼルローン要塞に到着する。
そしてその船を迎えるのは、アッテンボロー。
どんな絆があの二人をつないでいるのか第三者にはわからぬ。この人事で当面
様子を見るしかないし、結局は当人同士が何もかも責任をとることになるであろう。
二人のご令嬢が気の毒で仕方がないが大量殺戮者であるヤン自身が不実を云々
言える立場ではなかった。
3へ続きます。
|