emporte (アンポルテ)/我を忘れて・1



14代目とA




ねえ。リンツ中佐と至極うまくいっているんですかあ。



ある日の午後、士官食堂でランチをとっていたらダスティ・アッテンボロー

にオリビエ・ポプランが話しかけてきた。

「そういう私生活に関する質問はお断りだ。ポプラン。おれの性格わかる

だろうに。」

チキンのローストを切り分けて口に運んで青年提督は撃墜王殿をやぶ

にらみした。



過日、「男殺し」というあだ名を持つ薔薇の騎士連隊第14代目カスパー・

リンツと恋人同士になったアッテンボロー。

バーラト星域では同性婚姻が認められている地域もあり、ルドルフ・フォン・

ゴールデンバウムが作った帝国とは事情が違う。



それでもセクシャル・マイノリティであるには違いはないかった。



「ああ。やっぱり男殺しは健在だなあ。シェーンコップ准将も形無しです

よね。」

なぞ陽気に他人事のように言うポプラン自身が先日までアッテンボロー

の尻を追いかけていた。

シェーンコップが聞けば気を悪くするぞとアッテンボローは年少の僚友

に笑いながら言う。



冗談はおいておいて。



「今度の艦隊演習で空戦隊を連れて行くことになった。お前さんも司令官

からこの話を聞いているだろ。まじめに演習しろよ。燃料がもったいない

からな。」

アッテンボローはヤン・ウェンリーに期待を寄せられている新進気鋭の

提督であった。



アムリッツァ会戦で第10艦隊ウランフ提督亡き後陣形を立て直し

速やかに砲撃の飛び交う中を生還してきたなかなかの強者である。

といっても当人は少佐になった時点で同盟軍の未来は暗澹として

いるとヤンに漏らしたことがある。

だから現在自分が「少将」とよばれるのが、よいこととは思っていな

かった。

けれどヤンも仕方なく「大将閣下」になってイゼルローン要塞駐留艦隊

司令官という仰々しい名前をもらっているので、ぜひとも自分の手駒

として「かわいい弟分」のアッテンボローには熟達した将帥になって

もらいたがっている。



ゆえに頻繁に艦隊演習にかり出されるのが青年提督であった。



アッテンボローはもっぱらゲリラ戦術に長けていて艦隊運動の

パターンを考えることにもかなりのセンスが伺えたが、実際艦隊

運動をさせると足並みは悪い。

この要塞に送られた兵士たちが新兵であったり敗残兵であったと

いう理由もあるがエドウィン・フィッシャー要塞駐留艦隊副司令官

殿はいかなる事態であれ艦隊を自在にしかも迅速に変形させる

能力に優れていた。

フィッシャー提督はアッテンボローよりかなりの年長であったから、

この落差を埋めることは到底無理だと青年提督は「白旗」を揚げて

いても、ヤン司令官閣下は「とにかくうまく艦隊運動ができるように

なっておくれ」と幾度となく演習させるのである。



「伺ってますよ。うちの連中だけじゃなくて薔薇の騎士連隊も連れて

行くんでしょ。ということは当然恋人も一緒なんですよね。」

変なところに食いついてくるんだよなとアッテンボローは思う。

「あのな。ポプラン。おれが決めたんじゃない。ヤン司令官閣下が

薔薇の騎士連隊の新参者の訓練も一緒にしてくれというからいくので

あって、おれの人事じゃないぞ。」



リンツじゃなくて本当なら小官が行きたいところですなと要塞防御

指揮官の声が聞こえてきた。アッテンボローの昼食時になるとむれて

くるのがこの二人であった。



「まあ、仕方ありません。小官は要塞の戦闘指揮官ですし基本的に

要塞からでることはない身の上になったわけで。残念です。」

帝国の血を引く美しい面立ちをした・・・・・・けれど不遜さと傲岸さが

常に口元に浮かんでいる男がさして残念そうでもない様子で

アッテンボローとポプランの会話に首をつっこんできた。



「やっぱり、リンツ中佐と懇ろになっているさまを邪魔したかったん

ですね。准将。」

ポプランは一人称と二人称をよく間違えるとイワン・コーネフは言う。



「いや、リンツの仕上がりが少し気になる。なにしろおれの跡を継ぐ

には没個性的な男だからな。柔軟さにかけるものがある。ブルーム

ハルトにあと少しの技量と円熟味があればあれを14代目に据えたい

と思っていたのがおれの本音だ。」

思いの外まじめに切り替えされ、ポプランはおもしろくない風に唇を

とがらせた。



没個性ねえ。

アッテンボローは自分の恋人の仕事ぶりを思い出そうとした。



といっても前回の演習ではブルームハルトと一緒だったし実のところ、

青年提督はカスパー・リンツ中佐の辣腕ぶりがもう一つ想像できない

のであった。

「まあ、没個性的とは言っても陸戦の技量はブルームハルトを遙かに

しのぐし人望もある。それにおれとは違ってなかなか慎重な男だし

14代目におしてみたんだがな。いずれにせよ、まだ若いし・・・・・・。」



14代目は恋に落ちている。



せいぜい演習を楽しんで実のあるものにしてほしいものですなと

シェーンコップはしたり顔でその場をあとにした。







「で・・・・・・私の実力がみたいと言うんですか。あなたは。」



二人の夜にアッテンボローのかわいくない「おねだり」を聞き男殺し

だの14代目だの様々な名でよばれるカスパー・リンツ中佐は呆れた

ようにキッチンから言った。

今夜はリンツが食事を作る番になっている。

ウィンナや肉を焼くよいかおりがして青年提督は育ち盛りの小僧の

ように腹を押さえた。



「今夜の飯、何。」私生活になると人なつこい笑みを浮かべてアッテン

ボローはキッチンに現れた。

「ブラートヴュルストヒェン(ソーセージ)をいためたものとスペアリブを

ハーブで焼いてます。あとキノコのキッシュ。キャベツとリンゴのサラダ

に赤ワインでいかがですか。」



・・・・・・どこが没個性的なんだろうとアッテンボローは思った。

帝国風の料理であるがリンツは割合料理がうまいしそつなくこなし、

味も上等なのだ。

アッテンボローが作るものといえば煮込むものと相場は決まって

いる。料理の腕には格段の差がある。



「いつも悪いな。お前さんの方がうまいものを作る。おれはシチューだの

カレーだのですまない気がする。」

殊勝な物言いをしたアッテンボローがかわいいとリンツは思う。

抱き寄せてキスしたいところであるが火加減が今難しいので手は離せ

ない。



「おれ、提督の作るものはなんでもおいしく感じますよ。自分こそ

帝国風の料理が多くて申し訳なく思います。子供のころに覚えた味は

なかなか忘れないものですね。」

当人は色物が好きなわけでもないのに男殺しとまるきり色に走って

いるように言われる。

リンツは大体において冷静沈着であり、時と場合をよく考えて行動

する性質である。



アッテンボローを抱きしめたい。

けれど今はグリルが大事。

今夜の二人の晩餐だし、アッテンボローにまずいものは食べさせたく

ないというのもリンツの愛情であった。

他愛のない話を笑いながらするアッテンボローの声を愉しみつつ、

リンツは料理の仕上げをした。



その日の晩餐もまずまずだとリンツは思ったし、アッテンボローは

うまいよなあと言いながらよく食べている。青年提督は男にしては華奢

だがなかなか食事をきっちりととる。綺麗な食べっぷりにリンツは心が

安らぐ。



ひとが健全に食事をし、笑みを交わす。

こんな幸せが自分に訪れるとは夢にもリンツは思っていなかった。



「お前、おればかり話してるだろ。笑ってばかりでずるいぞ。」

アッテンボローはテーブルの下でリンツの脚をけった。

・・・・・・かわいい恋人は脚癖だけは悪かった。



「だってあなたの表情を見ていると感じるんです。自分は果報者

だって。」

まじめに言われてアッテンボローは、ふと恥ずかしくなり照れた。

「果報者とか、どういうのはともかくとして・・・・・・おれだってお前と

一緒に過ごすときはなんだか、気分がいい。」

なだらかな愛情。

そんな普通の幸せが最前線の二人にはありがたく思うのである。



「本当は先代は最後の最後までおれにするかブルームハルトを

14代目にするかよくよく考えた様子でしたよ。ブルームハルトは

若いけれど膂力もあるしよい素地を持った男ですからね。おれは

まあ、技術屋っぽい仕事の仕方をするんでシェーンコップ准将から

みればおもしろみがなくうつるのでしょう。」



食事を終えて食器洗いをしているときにリンツはアッテンボローに

言った。

「陸戦におもしろみもくそもあるのかな。」

アッテンボローは手渡された食器をクロスで拭く。

「感性(センス)が今ひとつ生彩をかくそうです。」

食器を洗うときリンツはめがねをかける。

めがねなどもう今自分誰もつけないのだがきちんと洗えているかを

見るのに都合がいいという。



「たとえばヤン司令官がやたらとあなたを使うのは、実力が伴ったら

司令官殿を超える将帥になると見込んでいるからでしょう。あなたには

センスがあるからです。提督としての。」

「使い勝手がいいんだろう。かれこれ10年来のつきあいだし。」

それだけで。

「それだけで5000隻の分艦隊をあなたほど若い人材に任せない

ですよ。」

めがねをかけている分、5割り増し知的な魅力にあふれるリンツに

ついアッテンボローは見とれてしまった。



ずるい小道具を持っているなと、青年提督は努めて表情に出さず

ちらちらと恋人の横顔を見つめた。

鼻梁が高くて形がよい。帝国風の美男子だが精悍さが見て取れる。

優男ではない。

でも容貌だけで恋をしたわけではない。



一緒にいると安堵もできるし、胸が高鳴る。

これは恋というものであろう。



提督。



「あんまり見つめると・・・・・・。」

オレモオトコデスカラ、オソッチャイマスヨ?

柔らかい落ち着いた声が耳元で囁かれて。

骨張った指がアッテンボローの髪をなぶった。



まだまだ晩熟(おくて)なアッテンボローは髪に触れたリンツの指の

感触に、胸がうずいた。



「・・・・・・ここは台所だよな。」「ここは台所です。」あっさり断言され

アッテンボローはうつむいた。

台所ではまだサバイバルな気がする・・・・・・。

そんなことを考えているのをよんでいたのかリンツはアッテンボローを

抱きかかえてにっこりと微笑んだ。



「台所はまだ早いので、やはり寝室に行きましょうね。」

その微笑みは、ずるい。

でも・・・・・・抗う気持ちもないままアッテンボローは観念して言う。



「惚れた弱みだな。」






どっちが。

そんなアッテンボローの言葉に内心、リンツは呟いた。

ベッドに静かに横たわらせて、やさしく接吻けをした。

「どっちもどっちですね。」

覆い被さる男の体を受け止め、アッテンボローは思う。



非凡であろうと、平凡であろうとしぶとく生き残る男がこの乱世では

優れているのではないだろうかと。それ以上は・・・・・・。



熱い抱擁で何も考えられなかった。






2に続く。



  




始まってしまいましたがあまりプロットらしいものもなく

流れで書いていたすみません。今回はエロらしいものもなく。

二重の謝罪です。