どうしたって変わらないもの・1







ちえ、と回線を切った後ダスティ・アッテンボロー少将閣下は20代の青年のごとく舌打ちをした。



もっとも。



27歳の彼は十分ほんのわずかに不機嫌になれば、執務室で舌打ちくらいはゆるされる。

分艦隊司令官執務室。

一緒に資料の整理をしていたラオ中佐が尋ねる。



「そのご様子ではだめだったようですね。今夜には片が付くと思われましたが。」

「仕方ない。うちの明敏なる要塞事務監殿でさえ無理だというなら無理なんだろう。・・・・・・さて

それにしてもどうするかなあ。」

なかなか不便ですねとアッテンボローのつぶやきにラオは応えた。



実は今朝からアッテンボローの個室の浴室が二つともいかれてしまった。

配管がよろしくなくて元々水のでは良くなかった。



将官でありながらも、あえて要塞に赴任してきたばかりのキャゼルヌの多忙さをおもんばかった

あげく・・・・・・水がでない。キッチンもしかり。



今朝は仕方なく執務室で洗面と歯磨きをしたのだが。



「部品が足りないから修繕するにも二週間はかかるとキャゼルヌ少将に言われた。三角貿易で

フェザーンから帝国製の部品が来るまで日にちがかかるのだと。」



そりゃそうだよなあとアッテンボローは思う。

同盟軍の要塞ならば自前の部品でまかなえるがこのイゼルローン要塞は帝国製。

あちらこちらで水がでにくい、照明が切れたと毎日山のような修理申請を受けている

キャゼルヌに迷惑をかけたくなかったから、多少不便でもしのいできたが、かえって

仇になった。



キャゼルヌは修理が終わるまで自宅にアッテンボローを呼ぼうとしたが、シャルロット・フィリス・

キャゼルヌ嬢がそろそろお年頃でもあるし、アッテンボローも帰宅がばらばらでマダム・オルタンスに

迷惑がかかると辞退した。



ヤン家におじゃまするのは悪くないが二週間も逗留できそうもない。

他家にやっかいになるには二週間は長い。



そうアッテンボローが呟くと。



一つ臨時に部屋を貸し出そうかと要塞事務監殿は提案してくれた。



誰かのやっかいになるよりは、大仰でなくていいので・・・・・・将官の部屋はやたら

部屋数が多く浴室も多い。

寝室と浴室、洗面所が一つずつあれば問題ないから、その線でお願いをたてた。



「佐官の部屋しかあいてなくてオリビエ・ポプラン少佐のとなりの部屋が丁度あいてた。

あのブロックは配管もしっかりしているから、アッテンボロー、今日からお前さんはそこで

寝泊まりしてくれ。すまないな。二週間ほど辛抱してくれよ。」

そういってビジフォンを切ったキャゼルヌになんの意見も言えないままアッテンボローはつい、

ちえ、と舌打ちをした。



赴任してきたばかりのキャゼルヌは知らない様子。



部屋にはなんの問題はなさそうだが、隣人に大きな問題があるなと青年提督は考えて舌打ち

したのだ。

あの冗談の塊の男と近所づきあいをすることになろうとは。

二週間といえど我が身の貞操を危ぶむアッテンボローであった。



どうもあの第一飛行隊長のオリビエ・ポプラン少佐から懸想されているとアッテンボローは

最近自覚している。

周囲はそんなことはとっくに知っていたしついでに言えば薔薇の騎士連隊、第13代連隊長だった

ワルター・フォン・シェーンコップ准将からもダスティ坊やは狙われている。



とうのアッテンボローだけが認めたくなかっただけで、事実は周知の通り。



「提督、ポプラン少佐に襲われたら股間と顔を狙ったらいいですよ。」

事情を知っているわりにおもしろ半分にこの恋愛遊戯の傍観者であるラオは一言言って

また仕事に没頭した。



ひとの不幸は蜜の味と言うからなあ。



アッテンボローは干渉しない分艦隊主席参謀長をやぶにらみをしてみたが。

事態がその程度で好転するわけもなく。



「・・・・・・枕の下にブラスターを置いて寝ることにしよう。」

まるで敵地でこれから二週間過ごすかのようである。

アッテンボローは独身主義ではあるけれど、男にいたされるなどもってのほかだと

思っていた。



おそわれたら銃殺だなと、物騒なことを考えつつてきぱきと事務処理をはじめた。







ここに、この世の春を独占している男が一人。



イゼルローン要塞駐留艦隊付け艦載機空戦隊第一飛行隊長オリビエ・ポプラン少佐。

鼻歌なぞ歌って空戦隊訓練室横にある休憩室で機嫌良く、赤めの金髪にくしなど入れている。

俗に「友達」といわれはなはだ迷惑な第2飛行隊長イワン・コーネフ少佐はポプランを無視して

ペーパーバックを読んでいた。



「な。コーネフさん。俺って常々運がいいと思っていたが、これは人徳のなすゆえんだろうな。」

「昼間から馬鹿なことを言うな。ポプラン。お前にあるのは人徳ではなく、悪徳だろうが。」



明らかにうるさそうにコーヒーを飲みつつコーネフは応えた。

「悪徳だろうがこの際かまわないさ。それにしたってよりにもよって俺のフラットの隣にあのひとが

二週間。・・・・・・考えるだけでも薔薇色じゃないか。」



薔薇色というより、桃色の妄想だなとコーネフはちらりと横目。



「そう簡単に殿上人たるアッテンボロー提督によからぬことができると思っているところが、

度し難いな。ポプラン。」

「そう褒め称えるな。コーネフ。二週間もあればこっちのものだ。二週間で落とせなかった女は

いない。」

誰も褒め称えていないんだがとコーネフはあきれて。

「じゃあ。今回初黒星になるんだな。それはお気の毒なことだ。」

一言ちくりと釘を刺した。



縁起の悪いことを言うなと陽気なハートの撃墜王殿は他称「相棒」をにらんだ。

「黒星など縁起でもない。アッテンボロー提督が二週間も隣の部屋にいると思うとわくわくする。

これで恋物語の一つや二つできなかったら、俺の男が廃る(すたる)というもの。」



にへへ。



・・・・・・気色悪いとコーネフは思う。

「お前さんが妄想を抱くのはしばしばだし、勝手だが、アッテンボロー提督って全くのノーマルだろう。

それでなくてもシェーンコップ准将も目をつけているのに。邪なことができると考えているお前さんは

おめでたいよ。」



ちちちとポプランは紙コップのコーヒーに唇をつけて言う。



お前さんみたいな。



お前さんみたいな野暮天で灰色の男が、同じく野暮天で灰色なヤン・ウェンリーを

落としてるんだ。



「俺にだって勝機はいくらでも。ある。」

「実名をあげて引き合いを出すな。相手に迷惑がかかるだろう。」

いつのまにやらコーネフは自由惑星同盟軍大将閣下であるヤン・ウェンリーと、そういう仲に

なっているのだが、一応知っているのはポプランとアッテンボローだけということになっている。

・・・・・・この二人の関係が広まるのは時間の問題であろう。



いっそのこと。

「隣の部屋の配管、壊しちまおうかな。で、俺の部屋にアッテンボロー提督をお招きして・・・・・・。」



やめろ。

「器物破損でMPに捕まえられるぞ。お前さんが大好きなMPに。」

ひとぎきの悪いことを言うなと今度はポプランが言う。

「俺は役にも立たない憲兵隊を一瞬たりとも気に入ったことはないね。」

制服では細身に見えるポプランが肩をそびやかして吐き捨てるように言った。

「アッテンボロー提督は確か憲兵上がりじゃなかったっけかな。」

コーネフが言うと。



「・・・・・・。あのひとは何させてもチャーミングだよな。」



これは病気だなとコーネフは視線をペーパーバックに戻した。

とにもかくにも。



「ラブリーな二週間集中チャレンジが始まるぜ。」

そうポプランは言うと、飲み終えた紙コップをダストシュートに美しい放物線を描き投げ入れて。

この世の春を謳歌していた。






2へ続きます。







まだまだなんだか勘が取り戻せないまま始まってしまった話です。

PAで復活しようと思っているんですが・・・・・・短い話がだらだら続いたらすみません。