今日は離れてやらない・1(PA+K)
参ったなあとダスティ・アッテンボローは呟く。
ヤン・ウェンリーのところではもっと大騒ぎになっているだろう。何しろ彼は「奇跡のヤン」
なのだから。
でも。
「おれはただの提督なんだけどなあ。」とアッテンボローが呟くと分艦隊主席参謀ラオ中佐が
言った。いかにも。「いかにもただの同盟軍最年少独身提督です。しかも27歳。」
ふつうの女性は放置しないでしょうと大量に執務室に贈られたチョコレートと思われるはこの
山を見た。ここまで来る荷物は厳重なチェックを受けてエックス線透視も終えて危険なものでは
ないと判断されたものばかり。
今日は・・・・・・。
「地球時代、菓子屋に踊らされた男女がチョコレートをプレゼントする日」だったのである。
正直アッテンボローは自分のところにこれだけの山になるほどの菓子が贈られてくるとは全く
予想してはいなかった。何せついこの前うっかり少将になり。
彼自身は自分が特に目立つ容貌をしているとも思っていなかった。だいたい過去これだけ女性に
注目されたことがなかった。これがもてるという事象なのかとアッテンボローは懊悩した。
これって女の人からだよなとアッテンボローはひとつてにして見る。
「名前がないな。」そりゃ書かないでしょうとラオは笑った。「で、閣下いかがします。軽く100個
くらいありそうですけれど。」
ふむ、と青年提督は考える。「名前でも書いてありゃあな。」名前があればどうなさるんですかと
ラオ中佐は質問した。
「一人一人あってよい女性がいたらおつきあいしたい。」
・・・・・・。
なんだよ。
「俺が女性とおつきあいするのがそんなにおかしいか。俺だってきれいでかわいくて優しい女の人
だったらご縁があれば交際したい。」
アッテンボローは至ってまじめに。・・・・・・。
いや、いささか不機嫌な面持ちでいってのけた。
ラオはこのときのアッテンボローの表情を解釈しかねた。だが自分の上官はまだ27歳なのに
分艦隊を預かるに相応した能力も裁量も分別もある希有な人物なようなので・・・・・・よい縁談が
あればそう不思議なことではないかと思った。
アッテンボローの周囲ではそのような平和な空気が流れていて実に牧歌的であった。
実はチョコレートパニックは司令部だけで起こっているわけではなかった。
空戦隊でもオリビエ・ポプラン少佐宛のプレゼントらしき小山ができあがっていた。部下たちは
多くの女性がポプランに贈ったであろう愛の小箱の山を見ては羨望と賞賛のため息をついたもの
である。
「あのな。パイロットがこれくらいの甲斐性がなくてどうするんだ。指をくわえてうらやましがって
ないでお前らもかわいいあの子をさっさと口説き落とせ。チョコレートでもキスでももらってこい。
この甲斐性なしめが。それでも俺の部下か。」
当のポプラン少佐はこういう事態にはなれている。
イゼルローン要塞という場所柄民間人女性ともラブ・アフェアを愉しんできたからいつもより量も質も
上回っているけれど彼はそもそも女性にもてなかったことがない。
「特別お前さんは美形でもなんでもないのにな。」
いつもの光景なので他称「相棒」のイワン・コーネフ少佐は本から顔も上げないままたいして愉快
でもなさそうに呟いた。
甲斐性がないお前さんに言われたくないねとポプランは言い返す。「俺は真心と愛情で女性に
常日頃接しているから礼儀を欠いたことはないぜ。それがこの結果だ。ひがむなよ。コーネフ。」
言ってろと苦笑してコーネフは言う。「で、また今年もこの山、どうするつもりだ。」
うーんとうなっているのは戦利品を抱え込んだポプランさん。
「そうなんだよなあ。受け取るのは嬉しいものなんだが実際全部食えるわけでもないし。かといって
女にあぶれた情けない男どもに分けてやるのは惜しい気がするし。仕方ないけど孤児院に寄付って
やつだな。」
さも口惜しそうにいうポプランだが孤児だった彼はこの時期に贈られる菓子はすべてハイネセンの
孤児院に寄付している。
そんな一面を知っているのはわずかに目の前の一人だけ。
コーネフさんは口のはしだけをあげてまたも苦笑。
「一言言ってもいいかな。ポプランさん。」
「いや、言ってくれるな。コーネフさん。」
二人の撃墜王殿は顔を見合わせてにっこりほほえんだ。
「最も重要なのは本命チョコレートを頂戴できるのかじゃないのか。色男。・・・・・・でも望みは薄そう
だな。」
ぐっさりと痛いところをつかれたハートの撃墜王殿。
ポプラン少佐の思いびと。そして一度は恋人になったこともある・・・・・・・ダスティ・アッテンボロー少将
閣下。27歳成人男性。
「やっぱりこんな関係いやだ。」
ポプランは男に恋などしたことはないし今後もその予定はなかった。
けれどあの翡翠色の眸と髪をもつすがすがしい青年提督に・・・・・・恋に落ちた。
将官だが若いしただ気安くはなせる上官という認識から「好き」という感情にまで心が揺れたのはあっと
いう間で。
恋に落ちるのはほんの一瞬。
相手が男だってことはそんなこと分かり切っていたけれど瞬間ごとに好きになってゆく加速度を止める
ことができないまま、正直な気持ちでこの遊び人がアッテンボローにだけに自分をさらけ出した。玉砕
なんて覚悟の上で告白・・・・・・。
絶対拒否されると思っていたのにアッテンボローはポプランを受け入れた。
少しとまどいながらけれど真摯に気持ちを受け止めて思いを受け入れた・・・・・・。
たった一度・・・・・・ポプランの部屋で夜を明かした。
キスをして抱き合ってこれで恋が叶ったと思って。
いつまで続くかわからない恋路としてもポプランは幸せな気持ちでいた。
でも3日後、はっきり言われた。
あの独特の明るさなど微塵もなく冷たい月のようなアッテンボローがポプランに一言告げた。
「やっぱりこんな関係いやだ。」
いやって言うのはなぜですかと聞いても見事なポーカーフェイスでなぜいやになったかを推し量れない。
ともかく。
「・・・・・・なかったことにしよう。しょうがないだろう。お前のこと・・・・・・愛せないと思うし。恋人だのそういう
縛りもいやだし・・・・・・そういうことなんだ。悪い。いや、謝って済むことじゃないけどさ。」
あれほど恋焦がれたけれど・・・・・・。
手に入れたと思ったけれど・・・・・・。
なかったことにしようとあのアッテンボローが言い出すとは。
あの夜。たしかに二人心もふれあえたと思っていたけれど・・・・・・「こんな関係いやだ。」と青年提督は
言った。言葉は稚拙で表現豊かだったとはお世辞にもいえないが明らかにポプランと過ごした夜を完全に
否定したい気持ちが伝わる。
あれきり。
撃墜王殿は青年提督と業務以上の会話をしていない。
「あいにく懐古主義じゃない。ふられたんだしこちらが大本命といってもあちらに嫌われてしまえば
オーバー・・・・・・だろ。新しい恋人を見つけて生きるのみ、だ。」
コーネフの野郎はなんでも知っていやがるとポプランは思うけれど。
これも腐れ縁だしまあ仕方がないと頭をかいた。
そう前を向いて生きるしかない。過去に戻りたくとも戻れないことはこの数日ポプラン本人がよく知って
いる。
あの夜に戻りたい。
何度も思った。
あの夜までの日々に戻りたい。
何度も願った。
もう一度あの人の笑顔が見たい。
無理なんだ。
だったら・・・・・・・生きている以上今と未来を生きるしかない。
「ってことで今日は第一飛行隊の任務は「とっておきの恋人を確保」すること。宙(そら)を飛んでも生きて
かえろうって張り合いになるだろ。」俺って割と仕事熱心なんだぜとハートの撃墜王殿はコーネフに
にっこりとほほえんだ。
コーネフは訓練室の控え室に残されて珈琲をのみつつ思う。
飛行訓練学校からオリビエ・ポプランという男を知っているけれどまさか男にうつつを抜かし魂を
抜かれるとは夢にも思わなかった。
確かにアッテンボロー提督というひとは。
ユニセックスな魅力があるのは否めない。けれど基本的に完全な男。そんなことすら忘れたのか
僚友は提督ばかり目で追っていた。
別にいつも一緒にいるわけではないのだがランチのとき、廊下ですれ違うとき、会議のとき、いつも
ポプランは彼を見ていた。
そもそも他称「友達」である自分はポプランの恋人の入れ替わりや恋のあり方を非難した覚えもないし
個人の自由でおおいに当人が当人らしくあればよいと思っていた。ひとの恋路を邪魔するつもりは
毛頭ない。そして相手がダスティ・アッテンボロー少将閣下であったとしても。
オリビエ・ポプランがオリビエ・ポプランらしい生き方をしていたならなにもティーンエイジの子供じゃある
まいしことさら「兄」ぶって心を配る必要はない。
アッテンボロー提督と何かあったようで何とも晴れやかな顔をした僚友を見ているとそれはそれで
よきことだとコーネフは思っていた。
けれどこの数日で事態が大きな変化を見せたというのは先ほどのポプランの発言で伺える。
不思議なもので。
ポプランとアッテンボローは端で見ていて2歳の年の差と大きな階級の差など関係なく忌憚なく
「ざれあって」いてこの救いがたい最前線であるイゼルローン要塞に一筋の光明をみせたと言っても
大げさではなかった。波長が合うというものなのか。あの二人の「関係」は実に快く思えた。少なくとも
・・・・・・ヒューズやシェイクリをなくして心に黒い影を抱いたオリビエ・ポプランを見ないふりして見て
いたコーネフにしてみれば。
「・・・・・・。あいつは寂しがり屋なんだよな。」
空虚な休憩室に独り言が響いた。
アッテンボローというひとがそばにいるとポプランは陽気で洒脱で冗談を大いに含んだ性質の
人間に戻れた。アムリッツァ会戦という悲壮な戦いの中で第十艦隊を上官の死後統率してしぶとく
まだこの世にいるダスティ・アッテンボロー。ふてぶてしくも大胆な生命の塊、エネルギーのような
あの青年提督にポプランが惹かれたもう一つの側面といえるだろう・・・・・・。
パイロットは絶え間ない緊張を強いられる。
コーネフは思っている。
オリビエ・ポプランという男は実はそうタフネスな人物ではないと。
そしてダスティ・アッテンボローというひとは。
そんなポプランを大事な人物と認めていたはずなんだけれどなと。
・・・・・・。
一日一回いいことをしようとイワン・コーネフ少佐は常日頃自分に戒めている。戦争屋でありひとを
たやすく葬っている自分。天国などの概念はよく理解できないけれど因果がもしも巡るとするならば
せめて。
一日一回何かひとが喜ぶことをしようと思っている。
祖国の両親と弟妹たちに何かいいことが起こるようにと願ってやまない。
「どこで糸がもつれてしまったのだか。」
飲み干した珈琲の紙コップをきちんと捨てて本を閉じた。
今日だけ「探偵イワン・コーネフ」としてなんと「無償」で他称友達のためにアッテンボローの腹の内を
探ってやろうじゃないかと決めた。
もっとも、相手は同盟軍最年少提督。
提督稼業をしている人間の本心を探るのはおよそたやすいことではないと思うけれど。
やれるところまでやってみましょと宇宙歴797年2月14日。「探偵イワン・コーネフ」さんがイゼルローン
要塞を動く・・・・・・。
バレンタイン企画といいつつダルさまへのプレゼントにもなる作品です。
しかも無駄に続きます。赦してください。Rがあっていいのかない方がいいのか
考え中です。
まるで小枝探偵ののりですみません。コーネフ隊長。いつもPAを救ってくれて
ありがとう的な話しになるかと・・・・・。 りょう
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