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あなたの代わりはどこにも居ない・4
1800時。
ダスティ・アッテンボロー少将の執務室にて。
彼は基本仕事が好きだ。勤務時間は0900時から1700時であり上官に
あたるヤン・ウェンリーというひとは1700時になるとさっさと官舎に帰る。
副官にもあまり残業させない。
あまり上の者が残業すると部下が帰りづらくなるともっともな弁をたれている。
だがこの時期分艦隊を任されたばかりのアッテンボロー提督はその優秀
なる能力を持ってしても1700時に仕事は終わらない。
けれど今日は約束もあるし確かにラオ中佐も残業時間が長くなっている。
「おい。今夜は俺も早くあがるからお前さんも店じまいしろよ。」と
アッテンボローは分艦隊主席参謀長に声をかけて執務室から出た。
廊下に出るとカスパー・リンツ中佐は時間も正確に現れていた。よしよしと
好印象。
「すまないな。忙しい中。何食う。」
アッテンボローは2歳年下とは思えないりりしさを持つ青年に声をかけた。
リンツはブルーグリーンの眸をしている。いい色だなあとアッテンボローは
思う。
先に言っておきますがとリンツは言う。
「肉体労働組ですからたんと食いますよ。」
そりゃそうだろうなとアッテンボローは思う。「ん。じゃあ肉食いに行くか。
力が勝負だもんな。お前さんたち。」
できれば。
「できればうちの連隊の奴らでよくいくうまい店があるんです。量も多いし。
そこでもいいですか。」などと言うのでそれでいいぞと2歳上の青年提督は
鷹揚に返事をした。
店はこじゃれたとはいえないがまず前菜として大量のペンネやパスタが
二人の目の前につまれた。これはあくまで前菜であるらしい。「すいません。
色気がないですが今日は昼が軽めだったんで食わせていただきます。」
今日の午後は陸戦部隊の実地訓練だったという。そんな訓練の前にあまり
胃に詰め込みすぎると動きが鈍くなるから少量の固形栄養物ですますようだ。
リンツは大量すぎると思われるタンパク質や炭水化物をどんどんきれいに
口に運ぶ。シェーンコップもそうだが食べ方に品があるのは帝国流なので
あろうかとアッテンボローは苦笑した。
その訓練はきつかったのかとアッテンボローが酒を飲みつつ尋ねると。
「最近の若い奴らはなまってますね。あの程度の実習でへばっていては
使い物にならないです。」ときれいな笑みを見せた。若いやつってお前も
だろうとつっこむと提督もですよと柔らかな声で言われた。
独特の柔らかくて低い声。
この声で自分よりも年長に感じる瞬間があるのかなとアッテンボローは
前菜をつつきながら考えた。
「ヤン司令官の秘蔵っ子はなかなかいい素地を持っていますね。先代は
すでに薔薇の騎士から隠居しているくせにユリアン・ミンツの訓練は
よろこんでつけてます。磨けば光る原石を見つけると磨きたくなりますね。
子供の世話は好きじゃないくせに。」
と付け加えた。
確かに。
「ポプランにせよシェーンコップにせよ子供より妙齢のご婦人がお好みな
はずの御仁たちがユリアンに手間をかけてくれている。あの子はおれの
弟分のような子だしありがたいことだな。」
ところでなと青年提督は言う。「この要塞をのっとる作戦はうちの司令官から
後日きいてはいるんだけど実際のところはどうだったんだ。」
俺は当時違う艦隊に配属されていたからさとアッテンボローはさもつまら
なさそうに呟いた。一人だけ夜祭りに行けなかった子供のようだとリンツは
思う。
そうですねえとリンツはイゼルローン要塞攻略戦の前線の事情を留守番
させられてすねているような青年提督に話した。
翡翠色の眸がきらきらと輝き・・・・・・実に愉快そうにリンツの話しをきく
アッテンボロー。ときおりそれで、とかふうむと感心しながら話しを促すので
まるで姪におとぎ話を聞かせている気持ちにリンツは陥る。その合間にも
アッテンボローにとっては大量と思われる前菜がきれいに皿がきれいに
片づけられていく。リンツもよく飲むが全く乱れない。
前菜のあとには当然主食がやってくる。オードブル。
これまた分厚いステーキが運ばれた。リンツの愉快な話を聞きつつさすが
肉体労働者は食べるものからして違うよなとアッテンボローは感心した。
食べっぷりがきれいだとそれはみていて気持ちがいい。
だからアッテンボローもできるだけ食べようと思うけれどいかんせん制服組。
「無理しない方がいいですよ。ここの飯の量は半端じゃないですから。胃腸を
やられますよ。提督。」とリンツは言う。
確かに。無理は道理ではないのでアッテンボローは自粛し話しを続けさせた。
ああ。「俺も参加したかったなあ。仕方ないけどさ。」
ヤン艦隊にいればそういう機会はまたあるでしょうと年少の中佐が
ほほえんだ。
純粋に。
きれいな笑顔だなとアッテンボローは思った。
男殺し。
・・・・・・。わからないでもない。まず容姿がいい。声も耳にさわりが
よい。そして陸戦の強者で礼儀と節度を失わない。
きれいな笑顔。
「お前さんは話しが上手だな。きいていると情景が浮かぶ。・・・・・・よく本を読む
のか絵でも描くのか。」青年提督は赤ワインを飲みながら中佐に言った。
・・・・・・。
「・・・・・・絵を少々・・・・・・独学でしかありませんけれど。残念ながら本に
関しては文盲です。」よくおわかりですねとリンツは言った。絵を描くことは
仲間内の親しい人間しか知らない。
うちの姉の一人が。「うちの姉の一人が絵が好きなんだ。我が家でたった
一人絵心があってその姉は話がうまい。よく人間をみてるし状況をつかんでた。
その姉と話し方が似ていたかな。きっとよく物事を観察するんだろうな。
うちの姉もお前さんも。色彩だの構図だのきいてると浮かんでくる。高尚な
趣味だな。」
鉄灰色の髪と周囲は言うらしいが青年提督の髪の色は一言で表現できない。
リンツは思う。
瑪瑙や翡翠ともいえるけれど緑青という古来アジアの絵画でもちいられた
岩絵の具の色と似ている。そこに銀を薄くコートしたような色。けれど質感は
やや乾燥した感じ。男性だから髪に頓着しないのであろう。艶がある髪とは
いえない。
けれど言葉に尽くせぬ魅力があり・・・・・・触れたいと思う気持ちを心の奥に
しまい込むのに先ほどからリンツは苦労している。
さもしいまねはするなと自らを戒める。
このひとはふつうに、否むしろ心遣いのよくできる美しく優しい女性こそ似合う。
同性同士特有の恋愛沙汰はおよそ似合わない。
きら星は手に届かぬからこそ尊く美しい。
酒に酔うような自分ではないが今夜はかなりリンツは自制をしている。
春の陽光や夏草の青い香りが似合う青年提督に心惹かれる自分に鍵を
かけている・・・・・・。
さもしいまねはするな。
心で呪文のように繰り返した・・・・・・。
自分は昔から女性より野郎に声をかけられる経験が多かった。
士官学校時代から邪(よこしま)な思惑で近づく男たちは多くいた。
アッテンボローはごくふつうに男に恋心を抱いたことはないからそういう
お誘いには応じたことは一度もない。
ヤンやラップ、キャゼルヌのようにアッテンボローを弟分として面倒を
みてくれる知己の存在はありがたかった。
けれどシェーンコップやポプランのように女性との恋にすべてを捧げる
ような男まで最近はアッテンボローに誘いをかける。
・・・・・・。
新種の嫌がらせだろうか。
アッテンボロー当人はそう思っていた。
今目の前で食事をし酒を飲む男はいわゆる男色家だと言うが別段自分を
からかう所作はなくむしろ話しも丁寧できいていて楽しいしいろんな会話が
楽しめてよい。
「男殺し」という名前を賜っていても節度があると安全なのかなと
アッテンボローは考えた。ヤンやキャゼルヌはアッテンボローが男から
すかれることを「何となくわかる」という。失礼な話しだがなぜそう思うかと
聞けば理由はわからないけれどいわゆる同性にそういう面で受けが
よいらしい。
変なことをきくけど。
アッテンボローは蛇の道は蛇と思いリンツに尋ねることにした。
「変なことをきくけど。いいか。」
分厚いステーキをぺろりときれいに平らげて今度は野菜サラダをまた
大量に食べているリンツにきいた。「変なことならきかないでください。」
リンツは冗談で言った。そして笑って「いったいどうしました。提督。」と
促した。
「遠慮なくきくことにするか。」アッテンボローはよく食うなあと思いつつ
水割りを口に運んで言う。
「俺はどうしてシェーンコップやポプランにからかわれているんだろう。」
・・・・・・。
あまりにまじめに青年提督が言うのでリンツはよく租借しつつ食べるのを
いったん止めた。
「提督はからかわれていると思っておいでだったのですか。」
「あいつらは三度の飯より女が好きなんだぞ。本気に受け取ると思うのか。」
あれだけ。
あれだけ真剣に口説かれても。「からかわれていると思っておられると。」
リンツはあきれた。
と、同時に自分の思いなど永遠にこのあこがれの青年提督に伝わることは
ないとはかないわびしい気持ちになる。確かに自分は影でも表でも「男殺し」
などというありがたくない名前を頂戴している。とはいえど恋の達人とは違う。
現に今目の前にいるあこがれからどんどんより強固な恋慕を抱く青年提督に
指一本触れるどころか、告白すらできないでいる。
つくづく自分はセクシャルマイノリティーなのだと自分で不憫だと思わずに
いられない。
ともかく。
「ともかくシェーンコップ中将もポプランもからかっているのではないですよ。
あなたのことが本当にほしいんでしょう。そういう魅力があなたにはあります
から。もっと。」
もっと自覚してくださいね。
とやや憮然と言い切って野菜をばりばり食べ始めつい勢い込んで酒を飲んだ。
「そういう無防備なところが危ないんですよ。」
じゃあさ。
「お前さんにとっては俺はどう見えているわけ。」
アッテンボローは自分で言ってから何を言っているんだろうか自分はと思った。
どういう答えを期待して自分はこの男に、男しか愛せない男に男の自分が
陳腐な質問をしたのだろうかとアッテンボローはあきれた。自分で。
彼もつい水割りを口に運んだ。
「・・・・・・アッテンボロー提督は魅力ありますよ。もちろんふさわしい女性が
現れると思いますが小官も提督に惹かれるものはあります。でも・・・・・・。」
自分は同性しか愛せないから。
「自分は同性しか愛せない男ですから決めていることが一つあります。」
また翡翠色の眸がまっすぐ自分を見つめる。
この視線すら・・・・・・愛しさを感じるのはなぜだろう。まだ三度しかあっていない
ひとなのにとリンツは不思議に思いつつ言う。
「アッテンボロー提督のように同性愛者ではないひとには恋をしないことに
決めています。」
麦わらを脱色したような髪。ブルーグリーンの・・・・・・夏の海を思わせる
涼やかなけれど優しい眸にアッテンボローはつい、尋ねた。
「・・・・・・恋しないようにしてるのか。」
ええ。
「同性愛ってけっこう辛いです。バーラトでは婚姻も認めている自治区は
ありますし基本的に恋愛は自由ですけれど同性愛はいろいろとふつうの恋
より難しいというのか。きれいでもありませんし。そんな世界に全く関係ない
ひとを巻き込むのはいやですから。」
提督はきれいな生き方をしてほしいですしねとその青年は静かな笑みを
見せた・・・・・・。
きれいな生き方・・・・・・。
「きれいな生き方って言うのは女性を恋の相手にえらべってこと、か。」
グラスの中の氷が溶けて、からんと透明な音をはじき出した。
そういうことになると思いますよとリンツはあえて視線を合わさないで
青年提督に言った。
恋心を押し隠して。
アッテンボローはそういうものなんだと呟いて自分のグラスの琥珀色の
液体を眺めた。ゆらゆらと揺れる色に心が騒いだが・・・・・・。
その本当の意味をアッテンボロー当人すら気がついてはいなかった。
ただ少し。
うまく自分で。自分一人で解決できないものが心の中に徐々に広がりつつ
あるのは認めざるを得ない。
「恋って感情は・・・・・・そう自由に自分でコントロールできるのか。」
質問している自分にも少しあきれるアッテンボローである。これでは10代の
恋の相談室ではないか。
しますよとリンツは言う。
自分は・・・・・・。
「情事が目的で恋をするのではなくて・・・・・・いえそりゃ体の関係も
持ちますけれどやはり相手の幸せも考えたい・・・・・・と思ってます。
アッテンボロー提督は男から愛されて幸せですか。」
即答できなかった。
「・・・・・・無理かもな。」
でしょう。
「そういうひとに同性愛など無理ですからはじめから眼中に入れないことに
しています。恋をすればきっと辛いでしょうから。」
とさらりと言うけれどリンツは自分で思う。
もう手遅れだったと。
辛い恋をしてしまったなあと不覚にも認めることになった。
沈黙。
おまえさ。シェークスピアという人間を知っているかとアッテンボローは
少し困ったような顔をしてリンツに言う。「かなり昔の地球時代の劇作家
ってくらいしかしりません。」こんな時におかしなことを言うひとだとリンツも
困った顔をして答えた。
「誠の恋をするものは、みな一目で恋をする。」
って。
「そいつが言ったんだ。おれさ。お前のことが妙に気になるし・・・・・・
今眼中にいないのかと思うとなんかな。なんて言うかな。残念だなと。
残念というか・・・・・・。」
俺こういうのにが手なんだよなと青年提督は髪をかきむしった。
「男にすかれるのは好きじゃないけどお前のことはすごく気になるし
初めてあったとき、妙に気になって・・・・・・。」
・・・・・・。
リンツは苦笑して言う。
「提督、無理をしてはいけませんよ。恋愛関係だけが大事な関係でもない
でしょう。無理に恋に結びつける必要はないと思います。」
よくまあそんなきれい事がいえると自分で自分の首を絞めたくなる。
アッテンボローはテーブルに視線を移したまままだ何か思案している。
無理してるとかじゃなくてな。
「おれも自分の気持ちを抑えないといけないのかな。たぶんお前さんのこと
・・・・・・好きだ・・・・・・。」
お前は笑うかもしれないけどとアッテンボローは耳まで赤くして呟いた。
・・・・・・。
笑うどころかリンツは一瞬心臓が止まったかと思った。
そっか。ねこでもアッテンはいさぎいいなっ!!
こくったか。えらいぞ。アッテン!!ここで終える私はいじわる。