あなたの代わりはどこにも居ない・2







まだまだ烏合の衆だなと艦隊演習を終えた青年提督はこまめに日記を

つけているというイゼルローン要塞駐留艦隊司令官閣下の被保護者の

少年に艦隊演習の感触を話した。

「うちの司令官に言っておいてくれよな。ユリアン。」そう呼ばれた少年は

「了解」ときれいな敬礼をした。



この子も軍人を志望している。



こんな子供を戦争に送るのは確かにヤン・ウェンリーでなくてもいい顔

できないなとアッテンボローは思った。

といえどユリアンの未来はユリアンが決めること。

周りの大人は見守るしかないのだろうなと12歳の少年を知っている

青年提督はきびすを返して子鹿のようにしなやかに走り去っていく

後ろ姿をみた。



俺って案外センチメンタルだなとアッテンボローは少しあきれつつ。

「そんなおいしそうな顔でユリアンをみたら誤解されますよ。提督。」

と後ろからポプラン少佐に声をかけられた。

俺にはお稚児さんの趣味はないぞとアッテンボローはやぶにらみした。

オリビエ・ポプラン。

悪いやつではないし冗談が歩いている男と言えばそれまでだがヤン艦隊で

生存している撃墜王の一人。



・・・・・・。そうは見えないんだよなとアッテンボローは思う。

「そう来なくちゃ。提督はやっぱり小生くらいの若者が好きですよね。」

馬鹿か。お前さんは。

一蹴した程度ではこの男も懲りない。要塞防御指揮官といいこいつといい

どうして自分の貞操をねらっているのか理解に苦しむ。

「馬鹿ってひどいなあ。小生は提督をお慕いしているんです。心から。」

にっこりほほえんでポプランが言うので「冗談だろ。」と言っておく。

いいえ。



「本気でお慕い申しております。今夜飲みに行きませんか。」撃墜王殿は

引き下がらない。仏頂面になってしまうアッテンボローだが。

「ああ。上官として慕っているんだな。貴官。おれが上官として優れていると。」

あなたが無能とは言いませんけれど。

「男としてあなたに恋しているんです。」さらりと言われた。

そういうのって。「お前さんのジョークだよな。ジョークといってくれ。頼む。」

とうとうアッテンボローはポプランに拝み始めた。



「ジョーク・・・・・・ですませられないくらい愛がとまらないわけです。」

さよなら、少佐とアッテンボローは大きなストライドで執務室に向かって

歩き出した。馬鹿をかまうと馬鹿になり馬鹿にされ馬鹿になり馬鹿も

ほどほどにしないと馬鹿が馬鹿を見る。

こんな男に時間を割くのはナンセンスだと青年提督は無視を決め込んだ。

提督って。



「まじめですねえ。軍じゃゲイなんてあちこちに存在するでしょう。

反同性愛主義者ですか。だとしたら視野が狭いですよ。」

司令官職にある人間として偏見が過ぎやしませんかとえらそうに言う。

「同性愛者が嫌いとかそういうのじゃないが俺は女性としか交際したことないし。

お前やシェーンコップをみてときめくという感情などわかないもんな。僚友として

まあ仕事ではうまくやれるかなと思うけど。その程度の感情だ。差別じゃないぞ。」



ぴんとアッテンボローはひらめいたようである。



「結局俺からするとお前さんやシェーンコップは魅力がないってことだ。

男を磨け。それなら納得するだろう。恋の達人。」

ああいえばこういう。

口げんかやけんかではアッテンボローは滅多に負けない。

とくに卑怯だったりこすっからい分野の言論戦では必勝。

男を磨けと言われれば仕方ないなあと撃墜王も肩をすくめ苦笑した。

薔薇の騎士連隊14代目連隊長にでもご教示賜ろうかなとポプランは呟いた。



ん。



「14代目ってあの若いのか。」アッテンボローが聞き返した。

カスパー・リンツ中佐。「あ。中佐なら反応しちゃうんですか。うーん。さすが

男殺しだ。提督まさかリンツ中佐に何かされましたか。」

興味津々にポプランはアッテンボローを見据える。「いや。挨拶しただけだ。

・・・・・・。男殺しとはなんだ。」

言葉通りの意味ですとポプランは言う。「小生や准将はレディ・キラーと

呼ばれていますしやぶさかではないですけれど。リンツ中佐はセクシャル・

マイノリティでバイでもなく生粋のゲイなんです。」



つまり。



男しか抱けないひと、恋しないひとなんですよねと撃墜王はさわやかに

言ってのけた。

アッテンボローの足下が妙に頼りないものに感じた。床がスポンジにでも

なった気分。「あれ。衝撃大きかったですか。提督って初心ですものね。」

刺激強い話題だったかなとポプランは心配するけれど。



・・・・・・。



「そっか・・・・・・。そういう御仁もいるんだな。まあ自然界で同性愛ってものは

実はごくふつうのあるとも言われているし偏見はないつもりだけど。」

そういうと頭をかいて本当にその場をはなれた。

残されたポプランにコーネフが仕方なく声をかけた。「またふられたんだな。」

というか。

「アッテンボロー提督って・・・・・・本気でゲイとか同性愛を嫌ってたり

するのかな。」

そりゃふつうは。「そうあってもいいんじゃないか。ふつうの感情だろう。」

ポプランのいささか不抜けた独り言にコーネフは親切に忠告した。

お前さんだって「あの提督が現れるまでは男の尻は興味ないと公言していた

じゃないか。」

コーネフの言葉に「そりゃそうなんだけどさ。リンツ中佐が生粋のゲイと聞くと

顔色かえちまった。・・・・・・。これはもしかすると。」



脈があるかも。

・・・・・・。

「どうやったらお前のその幸せな発想の転換ができるんだ。脳から危険な

物質でも出てくるんじゃないか。ポプラン。」

違う違うとポプラン少佐。

「決定的なライバルが一人減ったってことだ。薔薇の騎士連隊14代目といえば

そっちの代名詞だからな。このまま正攻法で口説き落とせば俺はいいんだ。

そっか。それでいいんだな。」

と一人で納得して幸せそうな少佐である。



だから。

「だからお前さんは幸せな人間だなと思う。」馬鹿だからとここはコーネフは

言わなかった。人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて何とやら。

そのまま放置してコーネフは空戦隊の休憩室に足を運んだ。







ダスティ・アッテンボロー少将は自分の執務室で報告書作成しつつ

考えていた。オリビエ・ポプラン少佐が思っていることと違うベクトルに

思考が飛んでいた。



男殺しという言葉通りにとれば男はカスパー・リンツ中佐を一目みれば

恋に落ちると言うことを指すのだろう・・・・・。となると自分があの

麦わらを脱色したような髪の色をした帝国風の男に好印象を持った

のはそのせいだったんだろうかと青年提督は手もとめないまま端末

に指を走らせている。



多少の思い煩い程度ではアッテンボローの仕事のピッチも能力も

落ちない。むしろ黙って仕事をしているように見えるので分艦隊

主席参謀長のラオなどは実に結構なことだと思っている。



思い煩い・・・・・・。

あの青年。14代目と引き合わされたとき。いかにも帝国からきました

という彫りの深い顔立ちと男ぶりの良さと声の深さ。

25歳という若さで1000人あまりいる薔薇の騎士連隊という強者で

くせもの揃いの集団を束ねるのだからそれなりの裁量を期待した。

見識もあり分別もある人間と思っていたし男色家と聞いたところでその

評価が下がるわけではない。



問題は。



好印象に思ったこと。

それはそちらの方面での猛者だから好印象を抱いたのであろうかと

言うことである。

つまり人間として惹かれたのではなく男性として単に魅了されただけ

なのか。



うまく消化できないが。



レディ・キラーというネームプレートで惹かれる女性もいるのではないかと

青年提督は考えてみた。ということは自分もその手の女性と同じような作用で

あの中佐によい印象を抱いたのかなと。



いやいや。課程も大事だが結果も大事。



リンツ中佐がゲイだろうと好人物に思えた自分の人物観察眼はおかしいもの

ではないとアッテンボローは位置づけをした。

まだそれによくあの人物を知らない。



ただ。

今後知ってみたいとは思う。



あいにく仕事が重ならないから顔を合わす機会は減るのだが。

アッテンボローはそこまで思って、ん?と考え直した。

シェーンコップとポプランとも仕事は重ならない。あの二人は艦隊戦で

あれば「ヒューベリオン」に乗っているはず。

なのになぜこうも接触がおおいのだろう。あちらがこちらに興味が

あるから近寄ってきているだけ。



じゃあ自分が興味があれば・・・・・・。



「簡単な話しじゃないか。」

一言アッテンボローが言ったのでラオ中佐は「何がでしょう。閣下。」と

聞き返してきた。いや、こっちの話しだと沈思黙考。



簡単な話。

こっちが会いに行けばいいんだ。

ヤン・ウェンリーという上級生と出会ったあとどれだけあの人物の

背中を追いかけてきたか。アッテンボローは自分が気に入った人間しか

基本つきあわないことがおおい。勤務上つきあいもあるが個人的

つきあいとなるとヤンやまだこの要塞にいない7最年長のアレックス・キャゼルヌ

少将一家、そしてユリアン少年くらいである。忌憚なく自分をさらけ出せる

相手はそう多くなくてもいい。



アッテンボローのリンツへのファーストインプレッションは悪いものではなく

むしろよいものだったから。

こっちが会いに行けばいいんだ。



そう思えばあとは書類作成に没頭した。



  



RAってむずかしいですね。リンツは絶対アッテンが好きだと思うけれど

(それはA受けの妄想?

きっかけって言うのは難しいものです。うちのアッテンさんはリンツ好きみたいですね。

でも人間的にってところで今はとまっている模様です。