あなたの代わりはどこにも居ない・1






薔薇の騎士連隊連隊長第14代目カスパー・リンツ中佐という男。



佐官でありながらヤン艦隊にいる1000人余りいる陸戦のつわものの

長に立っている。

「まだ若いんだっけ。このリンツ中佐って。」

分艦隊司令官といういかめしい役職を頂戴してしまった

ダスティ・アッテンボロー少将は分艦隊主席参謀長のラオ中佐

に尋ねた。

「閣下より2歳年少ですね。データで見ると。」なぜだかこのラオという男

とはうまが合う。もとはヤンと仕事をしていた男だがそのヤンがラオの

才覚を気に入った。かわいい後輩のアッテンボローが初の提督業になり

苦労しているであろうからとせめて有能な主席参謀長をと親心で配置

してくれた。副官がいないアッテンボローの雑務の管理もこの男がする。



それはありがたい。

・・・・・・おおかた存分に能力を自分のために使ってくれという

ヤン・ウェンリーの希望も多分にある。



それはすごく大きいと青年提督は思う。



「25か。若いのに大変だな。そっか。シェーンコップ准将が

要塞防御指揮官になって幕僚になっちまったからか。

泣かせるほど人がいない実情をさらしたうちの艦隊。これでいいのか。」

プロテイン入りのドリンクを口にしつつアッテンボローは近日きたる

艦隊演習に向けて編成表の作成にいそしんでいた。

彼もまた「提督」となって初めて演習を行うことになっているので

ここのところ執務室に缶詰である。

12月3日にヤン・ウェンリー大将はこのイゼルローン要塞に到着する。

それまでにアッテンボローは駐留艦隊の演習予定をすべて作成して

上官が赴任したら即サインをいただかなければならない。



先輩は自分が宿題は嫌いな割りに案外人使いが荒いと27歳になった

ばかりの鉄灰色の髪を持つ青年提督は苦笑する。



仕方ない。

ヤン自身もイゼルローン要塞駐留艦隊司令官というご大層な役職を

拝命している。すこしでも厄介ごとは優秀な後輩に任せたい。

さらに事務レベルのややこしいことは現在左遷扱いになっている

デスクワークの達人に押し付けたい。そういう魂胆は見え見えだが。



長い付き合いだし憎めない。



仕事に精を出しつつもアッテンボローはやはり優秀なので執務室でも

会話が絶えない。

「ともかく個性的だよな。うちの艦隊は。若い連中が多い。もちろん

ムライ参謀長のような年長者もおいでだがこんな集団でやっていける

のかね。」

などいっていると他人事にいいますねとラオは笑う。

「ああ。本気でやってると頭痛がする。俺のような若輩者が閣下と呼ばれる

なんて。無茶な人事だよ。准将くらいの年齢の人間が閣下と呼ばれるのは

それなりにはくがあるがな。」

そうおっしゃるほどまずくないですよとラオはいい。

「組織が若返るのはいいことです。空戦隊も陸戦部隊も。うちの艦隊も。」

そうそうと主席参謀長は言う。



「閣下は要塞防御指揮官殿と第一飛行隊長殿にえらく慕われておいで

ですが・・・・・・どうなさるのですか。」

持っていたプロテインドリンクを飲み干してアッテンボローはどうしたも

こうしたもあいつら男じゃないかと笑う。



でも恋愛は自由ですよとしたり顔で言うラオにあのなあとアッテンボローは

ため息をつく。



「あいつら。俺をからかって愉しんでいるだけじゃないの。おれはごくノーマル

なのに。どうせならかわいい女の子を紹介してほしいよな。気が利かないこと

この上ない。」

束になった書類をファイリングして。



といってもこれだけ忙しいと。

「女の子も嫌気をさすだろうな。俺はこまめじゃないからデートもすっぽかすし。

恋愛は30を越してゆっくりしたら考えるさ。」



おやまあとラオは笑う。



分艦隊主席参謀長殿は知っている。

自分の上官を口説いているワルター・フォンシェーンコップ准将も

オリビエ・ポプラン少佐も「しゃれにならない本気」であることを。

肝心の当人は気づかぬふりか本当に気がついていないのか。



ああ。体を動かさないと体がなまるよなと首をごきごき鳴らす上官を

見ていると。



本当に気がついていないのだとラオは苦笑した。







分艦隊司令官ダスティ・アッテンボロー少将。



「ヤン司令官もお若いですが分艦隊とは言えど5000隻の艦隊を預かる

人物にしては若いですね。」

ブルームハルト少尉が訓練が終わって上官のカスパー・リンツ中佐に

いった。人懐こい弟のような存在のブルームハルト少尉の言葉に

リンツはそうかと言っただけであった。



「・・・・・・あれ。興味ないですか。連隊長殿。」

「なぜ興味を持たねばならないんだ。少尉。」

アッテンボロー提督って。「シェーンコップ准将がお気に召しておいでです。」



会話が読めないぞ。ブルームハルト。

「もう少し端的に話せ。要するに俺が生粋の同性愛者なのに

その若い提督が気にならないのかといいたいわけか。」

そうですと24歳のブルームハルトはにっこり微笑んだ。



この男には悪意などというものは無い。

純粋そのもの。

祖父が帝国で共和主義者の疑いをかけられ、拷問の挙句殺されている。

本物の共和主義者であれば彼の祖父は喜んで思想に殉じた人物となるが

祖父はただの不平屋に過ぎなかった。

そのような背景を背負っているとは思えぬ純真さがライナー・ブルームハルト

少尉のよいところである。



「お前さんの気のよさは承知しているがいいか。この際だからはっきり

しておこう。確かに俺は生まれながらのゲイではある。女性に関心が

無い。だが男なら誰でもいいという不節操な人間でもない。」

でも。

アッテンボロー提督って。

「一目見ましたけどいい感じの人でした。なんていうのかな。さわやか

なんですけど魅力がありますね。」と栗色の髪をした年少の少尉は

言う。

じゃあ。「お前が交際を申し込め。応援してやろう。」

麦わらを脱色したよう中身を持つ25歳の青年佐官は悪意が言葉に

含まれぬように少尉の肩をぽんとたたき深みのある声で言った。

いや。「俺はまだ理想の女性が現れていないので。アッテンボロー

提督が女性だったら迷わないですけれど。いい人のようですよ。」

だからリンツ中佐にと思ってお勧めしているんじゃないですかと青年は

えへへと笑った。



うむ。かわいいやつだ。弟分としてとリンツは笑みをこぼす。

「あのな。今後俺は忙しくなる。先代は力もある人だったし素行はともかく

豪胆さでは連隊長として類を見ない傑出した人だった。あの方が幕僚に

なったおかげで俺はこの大所帯を任されるようになったが俺は自分が

没個性的な人物だと十分わかっている。」

リンツ中佐だってすごいひとですよとブルームハルトは口を尖らせた。

いや。

「うちの閣下ほどの人物はまれだ。そのあとを力が無くても引き

受けねばならない。つまり力をつけるしかないわけだ。色恋にうつつを

抜かしてはおれん。それが正直な気持ちだ。」

そうですかと少尉はさも残念そうに言う。

「なんとなく連隊長とお似合いな気がしてお勧めしたのですが

残念です。」

気持ちはうれしいがな。



「おれはノーマルな恋愛をする男とは恋をしないことにしている。

相手に迷惑がかかるからな。それにまだまだ手をつけねばならぬ

連隊の仕事もある。そうだな。戦争が終わったらゆっくり相手を探す

ことにでもしよう。その提督とやらは先代が気に入っているならそれで

いいんじゃないか。閣下の恋路の邪魔はしたくない。」

残念ですとブルームハルトはまだいっている。



・・・・・・余り心配をされるとそこまで自分は甲斐性が無いのだろうかと

リンツは考えたくもなる。







さて。艦隊演習当日。



アッテンボローは旗艦に乗る前に赴任したばかりのヤンと要塞防御指揮官、

そして薔薇の騎士連隊第14代目連隊長に見送られることとなる。

「ともかく・・・・・・。気をつけていっておいで。初めての演習だし。」

およそ司令官らしからぬ口調でヤンは後輩の提督に言った。

「演習予定表どおりにこなしてきます。ただ今すぐ足並みがうまく取れる

なんてゆめゆめ思わないでくださいね。こういうものには相応の時間が

かかります。まだまだ烏合の衆であるには変わりありませんから。」



少将閣下は冷たいお人だとシェーンコップ准将は肩をすくめて言う。

「小官はあなたとはなれがたいと思っているのにあなたはまったくその

そぶりもありませんな。つれない。」

アッテンボローは口の端をあげて笑みをこぼす。

「ふん。何とでも言え。この数日お前さんやポプランがいないから気が

らくだ。宇宙で仕事してるほうが平和だよ。遠慮せずもとのレディ・キラー

に復活してくれてかまわんぞ。」



青年提督の言葉に苦笑する准将。

「・・・・・・まずは味を見ないうちには獲物は変えたくはないですな。」

そういう貞操観念が崩壊している言葉はやめてくれとアッテンボローは

辟易した。

「ほんの冗談ですよ。ともかく無事に帰ってくることです。」

見送りの言葉はそうあるべきだねとヤンはうなずいた。



「少将、こんな場面で初顔合わせもなんですが薔薇の騎士連隊

第14代目の連隊長になったカスパー・リンツ中佐を紹介しておき

ましょう。今後顔もあわせるでしょうからね。」

まだ宇宙を知らない陸戦部隊を今後アッテンボローの演習を機会に

宇宙での訓練のおり世話になるだろうとシェーンコップはいった。



リンツは初めてダスティ・アッテンボローという人物を見た。

アッテンボローは初めてカスパー・リンツという人物を見た。

最初に握手を求めたのは青年提督。

「准将よりは仲良くなれるかもな。よろしく。」

出された手を握ったときには・・・・・・。



恋に落ちた。

ファーストインプレッション。



「こちらこそよろしくお願いいたします。提督。」

ぎゅっと握った手はあっけなくとかれた。

けれど。



魔法はさめない。



「じゃ。いってきます。」とアッテンボローはヤンたちに向かってきれいな

敬礼をした。「期待しているよ。アッテンボロー。」

ヤンはまさに期待していた。駐留艦隊の懐刀をアッテンボローに託すの

だから。

アッテンボローは船の上の人となり短いが宇宙での演習がスタートする。

明日には要塞に還ってくる・・・・・・。



リンツは思う。

多分、錯覚だと。さっき湧き上がった思いは錯覚だと何度も自分に言い

聞かせた。

ダスティ・アッテンボローはきわめて健全な精神の持ち主のはず。

恋などしてはいけないと・・・・・・・。



淡雪のように消える思いだとリンツは言い聞かせていた・・・・・・。



  



この時期のアッテンボローの船は何でしょう。

トリグラフは三巻から登場していますが・・・。トリグラフでもよかったですが

ああ、はじまってしまったあ。です。