無かったことにしたくない・前編






「なんだ。女にでもふられたのか。それとも女にあぶれた日とでも

言うのか。不景気そうな面してるぞ。ポプラン少佐。」

ダスティ・アッテンボロー提督は年少の空戦隊の撃墜王殿の素行の

悪いほうに声をかけた。

小生があぶれるはず無いでしょうと自称色男は自慢げに言う。



ただね。どちらを選ぶか考えていたんですとローストラムにするか

コールド・タンにするかを悩んでいるという風情で言ってのけた。

「提督ならどうなさいますか。・・・・・・ってもなあ。」

女の経験が少ない提督に聞いてもどうしようもないなあというので

聞いてやろうじゃないかと挑発に乗ったのがアッテンボローの失敗

であった。



ポプランはどちらの女性と今夜ベッドをともにするのか迷っていた。

昼間から不謹慎だなと青年提督はあきれるのであるが。

「一人は経験豊富で肌が合う女。もうひとりはおとしたばかりのたぶん

男と寝るの初めての女性なんですよね。どっちも美人なんですけど

今夜はどちらにしようかと思案に暮れてます。」



firsttime・・・・・・。



あほくさとアッテンボローはオイスターのグラタンを口に運んだ。

恋愛沙汰に程遠いアッテンボロー提督だからナンセンスな問題に

聞こえるでしょうけれどねと撃墜王は力説した。

「やっぱりfirsttimeの女性は難しいんですよ。痛くないだろうかとか

一回で貫通できない場合もあるから二日目で開通とか。それなりに

手間がかかるんです。面倒じゃないけれど血が出るとかわいそうでしょ。

うら若き乙女が。」

昼間から猥談を公然と意気揚々と言うなといいたいところであった

けれど・・・・・・。



アッテンボローはいつもはきちんと食事を取るのだがこの数日の彼の

恋人の態度にふと思い当たる点があった。



「おい。ポプラン。そんなに初体験の女性は・・・・・・手がかかるからいや

なのか。」

声を潜めていったものだから撃墜王殿は興にのってにへへと笑いつつ。

いやではないんですよ。

「でもやっぱり小生としては避けたいコースなんです。明日は早番だし

ゆっくりしてあげられないのがね。手間と時間がかかるんで一日オフの

日に彼女とは約束しなおそうかなと思います。」



いやじゃないけど。「面倒なのか?」

やけに真剣に青年提督が聞くのでポプランはおかしいなと思いつつも。

「面倒って言うか・・・・・・そりゃあある程度経験がある女性との方がリラックス

できます。相手がfirsttimeだとこちらが絶対リードしなくちゃいけないですから

時間的な余裕が必要でしょう。・・・・・・あれ。まさかそういう女性を好きに

なっちゃったんですか。提督。処女なんて提督に扱えるか大丈夫かな。

心配この上ないですよ。」

うるさいと赤めの金髪にこぶしをめり込ませる。

暴力反対とポプラン少佐。



ごちそうさんとアッテンボローはろくに食べもしないで席を立った。



ダスティ・アッテンボロー少将には年下の恋人がいる。相手は女性ではない。

脱色した麦わらのような髪が印象的だった。ブルーなのかグリーンなのか

判じにくいきれいな眸も心に残っていた。







一ヶ月前。

そうたった一ヶ月前にアッテンボローはその青年士官に自分が恋をしていると

気づいた。イゼルローン要塞に赴任したそのとき薔薇の騎士連隊長第14代目

と紹介された。ひと目で恋に落ちるというやつは自分とは縁遠い世界だと

信じていたけれど。まさかただ敬礼を交わしただけのしかも男性に自分が執着

するなど考えもつかなかった。

アッテンボローと彼は仕事の領域が異なるのでそうそう出会うこともなかった

けれど幾度か眸が交差した瞬間、これは確実に恋なんだと青年提督は1人

思いあぐねていた。

恋愛沙汰に疎いアッテンボローは誰にも言えない心のうちをもてあましながら

日々仕事に精励してきた。



軍隊では同性愛は世間よりも容認されている。

最前線でほとんど女性がいないのだからというのが一般的な理由。けれど

青年提督がカスパー・リンツ中佐に思いを寄せたのはそれが原因ではない。

何がきっかけでそうなったかわからないが薔薇の騎士連隊の連中と

酒を飲む羽目になった。アッテンボローが仕事で顔をつき合わすのは同じく

ヤンの幕僚である先代第13代薔薇の騎士連隊長ワルター・フォン・

シェーンコップ准将。

彼となら忌憚なく会話できた。

でも飲みなおしの時間が来るとシェーンコップ准将は女を待たせていると

あっさり席を立った。

「最前線でお盛んなことだ。」

アッテンボローは頭をかいて次の店で酒を飲みたいという薔薇の騎士連隊の

野郎どもを背後にしてつぶやいた。



「閣下、うちの連中のもりは小官がいたします。閣下はお疲れで

あれば・・・・・・。」

初めて二人が会話したのはそのときであった。

えっと・・・・・・。

「こいつらの面倒をお前さん一人で見るのか。」とアッテンボローはリンツ中佐に

あらゆる感情を押し殺して平然と言った。

リンツは制服の上からでもわかるたくましい肩をそびやかしてため息混じりに

「慣れてますから。うちの先代は男の面倒見が悪いんです。女性だと話が

違うんですが。」と何もかもを甘受したような美しい微笑を見せた。

帝国の子弟の顔の彫りの深さや端正さは見事だなと思い同時に、きれいな

声をした男だと心に熱い疼きが走った。



「・・・・・・威張れることじゃないから内緒にしてほしいんだが。中佐。」

何でしょうとリンツが答えた。

じつは。

「実は俺は帰って寝るだけだしまだ酒も飲み足りない。酔狂なことだが

お前さんに付き合おうかなと思ってる。」

さりげなく言ったつもり。

中佐は小さな笑みを見せて。「本当、酔狂なことですね。内緒にしておきます。」

といい、感謝しますと礼を言った。



連隊がよくいくバーに足を運びその夜アッテンボローは初めて「瞬間片思い」を

した彼と酒を酌み交わした。

無口な男ではなかったが雄弁というわけではない。

「姉夫婦がハイネセンにいます。姪か甥がそろそろ生まれるはずなんですが。」

叔父になるのは気恥ずかしいものですねとリンツが言うのでアッテンボローは

「俺は15で叔父さんになったんだぜ。長姉が姪を生んだから。士官学校に

入ってすぐだった。」

そんな当たり障りない話をしながらその日は散会した。アッテンボローが上官

だから払う言うとこれでも自分はこいつらの「直属の上官」ですからとリンツが

さっさと会計を終えた。連隊の若い衆はそれぞれありがとうございますと

ご機嫌で帰路に着いた。



うちのやつらは。

「酒を飲ませればいくらでも飲む象のような連中ばかりですから閣下が

支払う必要はないです。支払わせては今後誘いにくいじゃないですか。」

まいったなとアッテンボローは財布をしまった。

「おごらせるとなんだか後が怖いんだよな。ただより高いものはないだろ。

お前さんに今度おごらなくちゃいけないな。」

と鉄灰色の髪を自分でなでてつぶやいた。

リンツは柔らかな笑みを見せ「そうお気になさらないでください。毎度のことです。」




・・・・・・これがポプランやシェーンコップならば遠慮なく話しにのってくるのだが。

カスパー・リンツという男はまじめなのだ。そういうところも好感が持てた。



「あ。はじまってしまった。」



劇的でもなんでもない抑揚のない声だった。

提督今夜の天気予報見てきましたかとリンツはアッテンボローの腕を

引っ張り走り出した。いや、見てないというとそうでしょうねと散文的な

会話。

「今夜2330時から雨なんです。軍人居住区まで走れますよね。」

年上だからといってそこまで年上に扱うなとアッテンボローは思う。

ヤン・ウェンリーじゃあるまいし。

「おれはこれでも足ははやい。つかんだ腕を放してくれればもっと楽に

走れるんだぞ。」

はっとわれに返り自分の馬鹿とアッテンボローは思う。

負けん気が恋を勝ってしまった。

リンツはつかんでいたアッテンボローの二の腕を放して

「心置きなく走ってください。」という。

まいっかとともかく案外激しい雨だったので二人とも全力疾走。ゴールは

軍人居住区。



「なかなかいい足ですね。制服組にしておくのはもったいないです。」

素直に賛嘆してくれるのはいいけれど息一つ乱さないところが若さと

肉体労働組との差なのかとアッテンボローは思う。1キロも走らなかったけど

全力疾走だったので多少息切れする。

「いかんな。体がなまっている。もっと体を使っておかないとな。」

憮然とアッテンボローはつぶやいた。これがヤンなら明日は筋肉痛だ。



いくらでも鍛えなおして差し上げますよと薔薇の騎士第14代連隊長は

笑った。

「うっかり飲みに出たはいいが天気予報まで気にしてなかった。ご丁寧に

雨を降らせる軍事要塞。帝国軍は酔狂だな。酔いがさめた。」

ばさばさと自分の髪や肩にかかった雨のしずくを払いのける青年提督。



「小官の官舎が近いですがタオル使いますか。」

とリンツの言葉にアッテンボローはえといったきり次の言葉が出なかった。

二人の間にしばしの気まずい沈黙が流れた。

・・・・・・というか。

「中佐。俺の部屋で飲み直さないか。なんだか酔いがふっとんじまった。

せっかくよい心地だったのに。」と青年提督は不器用な口調で言った。

離れがたい気持ち。

相手が普通の女性であればこんな複雑な気持ちにならないだろうなと

彼は思った。恋愛感情がなければただ僚友と気があって飲むだけのこと

なのに。



「・・・・・・。」ブルーなのかグリーンなのかわからぬきれいな眸が少し

驚きを見せている。それほど自分の言ったことがおかしかったのだろう

かとアッテンボローはわからない。

「・・・・・・小官は明日非番ですしかまわないですけれど。」

リンツは妙に歯切れが悪い。「けれどなんだよ。俺だって非番だけど。

・・・・・・いやなら別に気にしなくていいぞ。パワーハラスメントになるものな。」

いえいえと中佐は柔らかい声で言う。

「いやじゃないですよ。飲み直しをしましょう。閣下。別にパワハラだと思い

ませんし。」

アッテンボローは指揮官で若いがそれなりに人を見る目があるつもりである。

この年少の僚友は馬鹿正直なところがあるんだろうなということは

少しわかる。もちろん冗談が通じる相手ではあるがある部分まじめだ。

さっきの歯切れの悪さが気になるけれどぬれねずみで通路に突っ立っている

のでは芸がない。

風邪を引く前にさっさとついてこいとアッテンボローは先を歩いた。



部屋についてアッテンボローは鍵を開けて「勝手に入れ。」とリンツに

そっけなく言った。ひとつ感情を見せると恋心が露見しかねない。

なにせ青年提督は年少の中佐に恋をしたけれどそれはあくまで片思い。

そしてその夜会話らしい会話を始めてした。

そのあとすぐにこちらの思う心を読み取られてはいささかざまがない。

バスルームからタオルを出して部屋の空調を調節した。

「お前さんもびしょぬれじゃないか。」と年少の僚友にバスタオルを投げつけた。

まったく。

こんなにリアルに天候を具現しなくてもいいのにと青年提督は照れ隠しに

文句を言った。



追い返すなら追い返してくださいと静かな声がしたかと思うとアッテンボローは

背中からぎゅっと抱きしめられた。

へ、と間抜けな声を出したのが自分でもわかる。

「・・・・・・われながら卑怯と思いますけれど・・・・・・でも言わずにおれなくて。

初めてであったときから提督の姿をつい目で追う自分がいるのが

わかって・・・・・・。あなたとはなれるのが嫌で。」

あなたが好きなんですと薔薇の騎士連隊第14代連隊長はきれいな声を

わずかにかすれさせて、言った。



男が男を好きになるのはおかしいですよねと生真面目な彼は大きな

心の矛盾と葛藤にさいなまれつつアッテンボローを抱きしめていた。



雨音がやけに大きく聞こえる。

濡れた髪からしずくが落ちる。

「・・・・・・なんでお前が卑怯なんだ。」アッテンボローはたずねた。

こうやってあなたを抱きしめているからですと年少の彼は言う。



でもさ。

「説得力がないかもだけど・・・・・・おれもお前さんが好き、なんだ。

仲間としてとか僚友としてじゃなくて。」

その・・・・・・恋愛感情のほうで・・・・・・。

リンツの腕の中で体の方向を変えて持っていたもう一枚のタオルで

彼のきれいなプラチナブロンドの髪をがしがしと拭く。

さっき初めて会話らしい会話をしたばかりなのに変だよなと青年提督が

参ったなという顔をして微笑んだ。

であったときに、俺もお前が気になったんだと少し背の高い年少の

青年の髪をタオルで拭く。



「・・・・・・・酔狂じゃないぞ。」

ああ。もう白状しちまったじゃねえかよとアッテンボローは自分の髪も

タオルでくしゃくしゃと乱暴に拭く。

そのまままた抱きしめられて・・・・・・また二人恋をして、二人初めての

キスを交わした・・・・・・。

なぜか。

「なぜか・・・・・・あなたから目がはなせなくて。おかしな話ですよね。でも

あなたのことしか考えていない自分がいるんです・・・・・・。あなたと今夜初めて

会話らしい会話をしたのに・・・・・・。」

やっぱりあなたがすきなんです。

濡れた制服をあえぐようなキスを続けながらお互いもどかしそうに脱ぎ素肌を

重ねた。

少し冷たい肌。

提督ってあったかいですねとリンツは言う。

そうか。肌が冷たいと感じたのは自分の体が熱いからなのかとアッテンボローは

唇を重ねあいながら考えた。

俺もお前のこと好き・・・・・・・とリンツの背中に腕を回した。

肩に大きな傷があって少しなぞる指が止まった。

昔どじった傷ですとアッテンボローの顔を覗き込んでリンツは自分を

揶揄して言う。「傷があるとうちの連隊ではからかわれます。どじを

ふんだんだなって。」

痛くないのかと恐る恐る指で昔の傷をなぞればリンツは痛くないと

微笑んだ。昔の傷ですからと。



そんな風に会話を楽しめたのは最初だけであとはアッテンボローは

余裕などなくリンツにしがみついていたし・・・・・・男が男に恋をして体を

求めてつながるということは相当、苦しいものだなと青年提督は突き上げてくる

痛みと圧迫感に耐えた。

鼓動が早くなり声を出せばよがり声になる。

羞恥するも、確実に恋をしていた。

痛みに身をよじるけれど不思議に拒絶したいとは思わない。

雨のしずくではなく汗がリンツの額や頬に伝うのを見ればよりいっそう

アッテンボローは彼が恋しいと思えた。

快楽とは程遠いけれど愛情が伴ったfirsttime。



アッテンボローはそれでよかった。

思う人とつながりたいと願うのは人間の本能かもしれないなと情事の後

謝り続けるリンツの麦わらを脱色したような髪に指を入れてその汗ばんだ

額をなでた。

なぜ謝るんだよといえば、痛い思いをさせて苦しめたからとまじめな

年少の恋人は言う。

ばかだよなとリンツの頭を抱き寄せて。「いいんだってば。」と呼吸を

整えながらつぶやいた。その夜は。

その夜は濡れた素肌をたがいに抱きしめあって眠った。

恋が成就する幸せを青年提督はかみ締めていた・・・・・・はずであった。

恋人同士になった。

それは事実であの日から2週間互いの部屋を行き来しては会話を愉しんだり、

接吻けを交わす。でもそれ以上はリンツは絶対に越えようとしなかった。

アッテンボローをいとしげに抱きしめるけれど肌を求めはしなかった。







firsttime。

もちろんアッテンボローは女性とはもうそれは済ませていた。

けれど予期せぬ恋だったから男性とのそれは初めて。さっきポプランは

面倒ではないけれど手間がかかるといった。



女性の体は当然男性を受け入れるような仕組みになっている。

その女性でもはじめてのときは・・・・・・。

あの夜一度抱かれただけでアッテンボローはリンツから二度とつながりを

求められはしなかった。甘い接吻けや温かい抱擁は存分に二人きりの部屋で

与えてくれるけれど。



男じゃ結局だめなのかなと青年提督は思う。

あのときずいぶん自分でもこらえたけれどシーツは血まみれになったし

リンツは蒼白になって何度も謝った。

男じゃだめなんだ。結局・・・・・・。

自分は痛みや血などなんてことはないほど恋焦がれても。



・・・・・・男じゃだめなんだと思わざるを得ない青年提督であった。



  



無駄に長い!

そして続きます。でも次回で終われると思います。

リクエストしてこんな長いブツを贈る私をお赦しください。森沢様。