君の吐息は僕の媚薬・1

同盟軍イゼルローン要塞駐留艦隊分艦隊司令官ダスティ・アッテンボロー少将が男になった。
また、なった。
「やっぱり今回も原因がわかりません。」と医師団を嘲弄するように「突発性性転換」は、なぞだらけである。
当人は「女性提督」と普段は呼ばれるのであるが前回の騒ぎがあったため今回は、司令官に言う。
「ま、ちょっとがたいは男ですけど働いてもいいでしょう。先輩。」とアッテンボローは詰め寄り、ヤン・ウェンリーも
承諾せざるを得なかった。
「前も一日で女に戻ったわけですし。ポプラン少佐と体が入れ替わるよりはなんか気楽でいいですよ。どうせ
頭さえあればできる仕事ですから今回は休まないでいいでしょう。」
ワーカホリックなアッテンボローであるから健康体(ただし性転換している)で部屋にこもるというのは、
耐えられないらしい。
「今回、ポプランはどうする。護衛につけるかい。」
「いや。結構です。あいつはまた一緒にいれると喜んでくれるけれど。ラオ中佐で十分です。」
そっかとヤンは答えた。隣の美しい副官殿は「青年提督」になったアッテンボローを見つめていた。
「グリーンヒル大尉は私が男になった姿は知らなかったよね。でも中身は女だから。昼一緒に食べようね。」
「ええ。勿論ですわ。それにしても・・・・・・提督は男性になっても綺麗なんですね。素敵です。」
フレデリカ・グリーンヒルにとってはヤン・ウェンリーが一番素敵なのであるが、どうも並居るイゼルローンの
男性諸氏を押さえ現在、アッテンボローは二番目に素敵になったようだ。
「ポプランはなんといってる。今回のお前さんのこと。」
同席した要塞事務監アレックス・キャゼルヌ少将はまたも性転換というややこしい問題に煩わされるんだなと
苦々しい顔をして聞いた。
「・・・・・・別に。シェーンコップには気をつけろとか。それだけですね。」
長い髪。今回のことで切ってもいいかなと思い始めている女性提督(性別男性)。
おれは男には興味ないんだぞと控えていた要塞防御指揮官は不遜な笑みを浮かべていう。
「あいつより趣味がいいんだよ。おれは。」
「だよな。かえって安全だと思うし。ま、またどうせ明日には女になってるんじゃないですか。神のみぞ
知るってやつです。」
そばかすの提督は・・・・・・今回は全然シビアではないらしい。月のものが来るかのような落ち着きぶり。
それは安心だとヤンは思っていた。情緒の欠落が前回はさすがに大きくて、兵士の前に出せないと思ったが
今回の彼女の様子だと・・・・・・なかなかりりしくて頼もしく見える。兵士の士気も下がらないと思われる。
「いいよ。今回は自由にいつもどおりしなさい。アッテンボローの裁量に任せるよ。」
隣で少年は、保護者が朝から紅茶に入れるブランデーの量が気になるらしい。
「じゃあ。今回はそれなりにこなしますから。」
アッテンボローは敬礼をしてヤンの執務室をあとにした。
要塞事務監殿はいう。
「あいつ。慣れてるな。」
「困るとしたら御不浄と着替えだけだろうな。それでもあいつは少将閣下だから個室もある。どの性別の
手洗いを使うか気にしなくてもよさそうだ。しかしそれにしても。」
シェーンコップのことばが気になる一同。
「男でもあれだけ美形なら奪い甲斐はあるかもしれない・・・・・・。」
それはやめろと執務室の男性諸氏が声をそろえていう。「冗談です。ちょっといってみただけですよ。」
「お前が言うと冗談に聞こえないよ。アッテンボローとポプランは戦争が終わりさえすれば結婚するらしいし。
・・・・・・終わる前に結婚してもいいのに。いやだからそういう女性だから手を出すとかいわれるとひやひやする。
だめだからね。シェーンコップ。」
ヤンは釘を刺した。
そろいもそろってアッテンボローには過保護な面々だとシェーンコップは思う。
「了解しました。・・・・・・とはいえども恋というものは落ちるときに落ちるから歯止めが利くかは
わからないですけれどね。」
ほぼ全員がきつとシェーンコップをにらんだ。
「わかってますよ。私はこれでも見境なく手出しする男じゃないです。人をからかうのが好きなんです。」
フレデリカ・グリーンヒル大尉が柔らかで穏やかな声で言った。
「私、あのおふたりを邪魔する人は、赦しませんわ。あのお二人を応援しています。」
そう美しい微笑を見せた。
これが一番シェーンコップにきいた。
「ミス・グリーンヒルが応援しているなら私も支持しましょう。私は美人の味方でありたいですからな。」
ヤンは思った。
さすが大尉だなと。
今度男になったら是非したいことが実はアッテンボローにはあった。ウケジャナイホウだけではない。
「一時間だけ留守するけど出てくるよ。かまわないか。ラオ中佐。」
かまいませんよ。一時間残業なさればよいことですからとしれっといわれてアッテンボローは制服のまま
民間区へ。三度目の美容室。
アッテンボローは用を済ませて執務室に帰る途中、わりと多くの人が振り返った。
ダスティ・アッテンボローは割りと知名度が高い。
ヤン・ウェンリーの片腕とも言われ女性でありながら提督を務めるし、やはり美貌の持ち主は注目される。
当人意識はあまりない。美意識が高い人間で自分の評価が低いこの提督は、あまり外見にこだわらない。
だがやはり今回は少しかまおうと思ったのだ。
執務室のドアを開けると副官が目を丸くした。
「お、思い切りましたね。閣下。お似合いですけど。」
「そっかな。ならいいんだ。前、男で髪が長いのが気になってさ。切りたかったんだ。一度。」
アッテンボローは美容室で「髪をばっさり切りたい。」といった。美容師にしてもばっさりとは物騒だと
ヘアカタログを見せて相談して男でも女でもどちらでも似合いそうな髪型で、ちょっと自分があこがれていた
髪型に変えた。シャギーをいれたショートボブ。
29年間いきてきてはじめてここまで短くした。
姉に見せたらなんというであろうとアッテンボローはほくそえんだ。三人の姉ぎみたちは末の妹の
直毛にあこがれていた。
でも彼女は姉たちのように女性らしい髪型にもあこがれていた。
前回一度男になったとき、鏡を見て思った。髪を切ろうかなと。それを今回実行した。アッテンボローは
したいことをしたのですっきした面持ち。
でも。
「そこまで切ると元にはもう戻りませんよ。」
そういう生物的なことはわかっているよとアッテンボローは席に着きデータを読み込んだ。
「最近は平和だよな。敵は動かんし。ま、それがいいんだけどな。平和は結構だ。ちょっと退屈だけど。」
・・・・・・。ラオは思う。閣下ご自身は全然平和ではないでしょうと。自分の上官はときどきすごく大きな単位で
ものを考えるときがある。大体において細かいが、どうも自身の「性転換」はどうでもよいことの様子である。
「お仕事中になんですが髪を切ること、よくあの少佐が赦しましたね。少佐は閣下の髪がだいすきだったはず
でしょう。」
「赦すも赦さないももう切っちゃったからなあ。あいつには内緒で切りにいったんだ。」
そうアッテンボローが副官と会話をしているところにくだんの少佐が駆け込んできた。
「うわ・・・・・・。噂はほんとだったんだな・・・・・・。うちの人間がアッテンボロー提督そっくりの美人を見たと
いってたが・・・・・・・おれの提督、切っちゃったんだ。」
オリビエ・ポプラン少佐はアッテンボローに近づきしげしげと見つめた。
「・・・・・・似合わないか・・・・・な。少佐。でもな。男があんな髪が長いとさへんだろ。この髪型なら
いつ女性に戻っても一緒だし。黙って切ったのは悪いと思うけど・・・・・・少佐が反対するかもと思うとね。」
ラオは噴出しそうになるのをこらえる。
上官殿がやたらとこの少佐には弱気になる。姿は男で仕事も男のようにこなすけれど、性格は女性だなと。
「ふむ。毎朝スタイリングが必要だな。長い髪を一気にきるとまれにくせ毛に変わるし。いいでしょ。ちゃんと
毎朝綺麗に整えますから。おれの別嬪さん。ボブか。新しい恋に落ちた気持ちだな。わくわくする。」
「えっと・・・・・・似合うと思うか。少佐。」
アッテンボローは一応お伺いを立ててみた。
「ええ。新鮮ですね。抱きしめて押し倒してキスしたいくらい綺麗です。」
・・・・・・。
「それは、遠慮するよ。今仕事してるから。」
でもそんなことはポプラン少佐には関係ない。もともとラオがいようがヤンがいようが人目を気にしないのが
ポプラン少佐である。
「愛してますよ。おれの提督。」
と唇を重ねた。
「ご馳走様でした。おれの提督。」
あのな。「今、私は男なんだぞ。公共の面前でそういうことはやめろ。風紀が乱れる。」
「何をいまさら変なことを言うなんだなあ。提督。わがままなんだから。提督が男でも女でもおれの気持ちは
変わらないの、わかってるでしょう。周りもおれたちが結婚まで秒読み体勢でいることも知っていいるし。
・・・・・・そっか。指輪買わなくちゃね。提督は左手薬指が男のとき12号で女のとき9号。この場合どっちの
サイズを買うのか、おれはそこを迷っているんです。二つ買えばいいのか。ねえラオ中佐。やっぱり二つ
買うべきですよね。おれ。」
副官殿は不要書類をシュレッダーにかけている。
「でもエンゲージとマリッジを買うとなると少佐、結構大変だよ。苦労するね。」
「そっか。エンゲージの石は何がいいかな。本当は提督の誕生石はトパーズだし。でもダイヤか
アレキサンドライトもいいよな。いやエンゲージに関してはやはりまず劇的なプロポーズをもう一度
きっちりしてそれから・・・・・・。」
「あれ。少佐。プロポーズはまだだったのか。君にしては遅いな。」
「もうかれこれ十回近くしてますけど戦争が終わるか子供ができたらって返事なんですよ。」
なあ。
「仕事しようよ。」
ラオまで何を話に花を咲かせるんだとアッテンボローは文句を言って、新たなデータ入力を始めた。
「はいはい。おれの提督は仕事が好きなんだから。で、今日は残業ですか。定時上がりですか。」
会議がはいるし、一時間所用に使ったので残業するとアッテンボローは言う。
じゃあ今夜は。
「晩御飯つくって待ってますから。」
そういってはまたアッテンボローのキスを掠め取りしかられないうちに執務室を飛び出したポプラン少佐
であった。
ポプラン少佐は医局によってあるものの調査を頼んでいた。軍医のバーソロニュー准将は入ってきたポプランを
見て「結果がしりたいんだね。」と温和な口調できいた。准将は事実温和でまじめな人だった。堅苦しい男でも
ないが。
「害のない漢方とかの類だね。少佐が期待するような怪しい効果があるしろものじゃないよ。
この手の科学的根拠はあまりないんだ。でも麻薬だのそういう類じゃない。安全な物質。薬品だ。
これはお返しするよ。」
小瓶を渡された。
「媚薬だの惚れ薬だの。そういうのを信じて使う男も女もいるわけだが。結局はプラセボ効果なんですね。」
そういうポプランに准将はうんと言う。
「タウリン、メチオニン、チロシン、グルタミン酸・・・・・・天然のどうぶつから抽出している物質も混合している
けれど・・・・・・これは男性向きで女性には向かないよ。そうだどっちかというと疲労回復にいいかもね。
いずれにせよ害はない薬だよ。しかしそういうものをきっと涙ぐましい努力で手に入れたんだろうね。
君のところの部下は。」
媚薬。
という触れ込みで空戦隊の部下の1人がどう思うかときいてくるのでポプランはそういうのはプロに聞くほうが
早いとわりと融通の利くバーソロミュー軍医に検査してもらっていた。
薬だし薬害があっては意味はない。毒物の可能性もあるから調べてもらった。
「で。少佐の提督は元気なのかい。媚薬よりあの人のほうが不思議な存在だよ。今朝バイタルだけ計れば
正常だったし彼女はこの間から検査続きだから、検査も疲れるだろうと思って。また一日で戻ればいいけれど
いったい何が原因かなと考えるな。」
「今朝起きたとき男だったもんな。もう当人は慣れてるみたいですよ。なにが原因でしょうね。」
ポプランは脚をぶらつかせて机に座っている。行儀が悪いことこの上ない。
「うーん。ホルモンや脳下垂体、甲状腺も何にも異常がない。こんなことはいいたくないけれど「特異体質」
なのかな。医者としてはいい答えじゃないね。ま、君と提督がよければ心のケアは安心だし。」
もう別の仕事に戻っているヤン艦隊ならではの自由な気風の軍医にポプランは聞いた。
「准将っておれと男の提督がイイコトシテタリしてもあんまり驚かないですね。みんなおれを
両刀だの言いやがる。純粋な愛情なんだけどな。」
はは、と軍医が笑う。
「実は自然界では同性愛なんて当たり前なんだよ。人間でも。体がそういう仕組みになっているんだ。
だから帝国では異端とされるけれど、自然界で同性同士の交尾は珍しくない。まあ一応社会ではまだ
ある意味偏見はあるけれど生態学上ごく自然であるという学説もあるからね。」
変なことを知っている医者だよなーとポプランは思った。
ともかく。
「これおれが持っていても大丈夫ですよね。おれのもうかな。疲労回復か。疲労してないけど。」
茶色の小瓶に入った粉薬。
媚薬などの類は古代からの人類のあこがれ。
ま、確かに疲労していたらアッチノホウもなんにもならないもんななどと、小瓶をポケットに入れたまま
少佐は自分の仕事場に帰った。
彼は第一飛行隊長。6個中隊を預かるエリートパイロットである。
たまには仕事をしないとコーネフに「女癖の悪い給料泥棒」といわれるから「今日ぐらいは」仕事でもしようと思う
ポプラン少佐であった。

媚薬系の話を一度書きたかったんですよ。(*^^*ゞ
先日Yahooのサイエンスで動物界の同性愛は普通という記事を見て。そっかー普通なのかと
感心しました。生命は神秘ですね。(そんな問題か。
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