指切りの代わりにキス・1


娘小説の後日談です。







熱とかはないんですけどね。

ビジホンでポプランが話す相手はキャゼルヌ。早朝0700時。ダスティ・アッテンボロー少将の部屋から。



「熱とかはないんです。体調は昨日とさほど変わらないようだけれど情緒が不安定でね。

夜中に何度も目が覚めて泣いてました。今も泣いてます。昨日の今日だし・・・・・・。当人は

悲しいでしょ。女だったのに男の体になったなんて。今朝は飯もまだなんですよ。できれば今日は

仕事に行かせたくないんですがおれの提督は行きたいというしそのくせべそかいてます。」

制服姿のキャゼルヌはまだ自宅にいた。

「そりゃだめだ。ラオ中佐におれとヤンから話をして・・・・・・。今日は絶対アッテンボローを

休ませろ。状況次第ではもう少し休む時間があってもいいな。わかった。少佐くれぐれもあいつを

頼むぞ。あれは仕事の鬼だから行きたがるだろうがしばらくはだめだ。検査の結果もまだだしな。」

それはこっちに任せてくださいとポプランは言う。

「その検査結果はいつわかるんですか。」

キャゼルヌは最終的なものは一週間ほどかかるという。

「とにかく急ぎの書類とかは処理できそうですけれど人前に出せる精神状態じゃないんです。

面やつれしてかわいそうだ。休ませますからね。事態が変わったら少将に言ったほうがいいんですね。」

なぜか親しい(密約を交わしたもの同士だから)2人。

「そうしてくれ。食事はお前さんが作るのか。何かうまいものでも食わせてやってくれ。こっちは

任せろ。少佐アッテンボローから目を離すなよ。」

わかってますとポプランは言う。とりあえずここで通信は終了。



さて。朝飯を作ろうとポプランはキッチンに行こうと思ったけれどベッドで寝ているはずの

女性提督を見に行く。夜中10回ほど起きては泣いていた彼女・・・・・・なぜか突然の性転換で

昨日の午後から男の体になった彼女は枕に顔をうずめて動いてない。

「ハニー。卵食うか。ベーコンいるか。・・・・・・つかれてねてるのか。」

これで撃墜王殿はそこそこ料理上手。ユリアン・ミンツを習ってシャツにジーンズエプロン姿。

彼女は相変らず男のまま。恋人のシャツを着てルーズなボトムをはきベッドにもぐりこんでいる。

眠ってるなら寝かせたほうがいいなとベッドに腰を下ろしてポプランはアッテンボローの髪を

指ですく。長い前髪からきれいな額とかわいいそばかすの目を閉じた彼女の顔。

「・・・・・・仕事行かなくちゃ。」

「だめ。すぐべそをかく提督は休んでいいってキャゼルヌ兄さんのお達しが出た。」

ポプランの手のひらがアッテンボローの頬をやさしくなでる。

「・・・・・・べそかいてなんかないよ。」

うそつきと男は微笑む。ベッドの中でアッテンボローは頬に添えられたポプランの手に触れる。

「飯食うか。それとも寝るか。添い寝してほしいか。三択。どれ。」

ポプランがおどけたようにぐずっている恋人に言う。

「・・・・・・食事する。元気出さなきゃな。情けないよ。性別が変わったくらいでここまでダウナーに

なるとは。我ながら情けない・・・・・・。」

起き上がるアッテンボローにキス。

「いやショックだろ。ついてないものがついてたら仰天するよな。」

もとからユニセックスな美形なので男に代わっても彼女は美しい。ちょっと隠微な

美しさが漂うのが恋人として気がかり。

こういう姿は他の男には見せたくないよな。ポプランは思う。



チャイム音。時計は0750時。

キャゼルヌ少将当たりかなとポプランが応答するとヤンだった。ドアを開けて中へ入れる。

「散らかってるのはもっぱらおれのせいなんですがね。どぞどぞ。早いんすね。司令官閣下。」

「うん。一応ね。・・・・・・アッテンボローは寝てるかな。」

呼びますよとポプラン。無理に呼ばなくていいよとヤン。

「無理なら絶対呼びませんから。」

はははとヤンは笑う。アッテンボローにはこういう男が丁度いいのかもしれない。

寝室からガウンを羽織って出てきた女性提督(現在男)はいささかやつれ気味に見えた。

「すまないね。朝早くから押しかけて。・・・・・・調子はどうだい。」

応接室でさりげなく紅茶とホットミルクを持ってきた撃墜王殿。

ユリアンと似たところがあるんだなとヤンは早速紅茶をいただく。悪くない。

「・・・・・・・元気は元気なんですけどキャゼルヌ先輩が仕事にいくなって。」

「私もとめに来たんだ。ラオ中佐と今日話をしてお前は少なくとも結果が出るまで病欠にする。

どうせ有給があるからそれを当てるけど。」

そうはいっても検査の結果って一週間かかるってさっき聞きましたよと彼女(男)。

「うん。どうしても出動となるとこれはもうお前さんでないとだめだ。グエンがこの間

亡くなっているからそこからもお前の艦隊に組み込んでいるし。でもどの道今の様子じゃ

兵士も不安だろうと思うよ。一週間は休んでいいよ。書類はこの際私が引き受ける。

うちには才媛の副官がいるから私は目を通せばいいと思うし。」



そんなぁ。

しょんぼりするアッテンボロー。

女性でいたころのほうが前線で指揮をとっていて男の体になると病欠とは

情けなさで一杯になる。







また涙腺が緩む。隣で恋人がティッシュの箱を渡してくれた。

「・・・・・・せんぱい。すびばせん。・・・・・・なさけないでず。」

「あんまりくよくよしても仕方ないよ。性別はともかく体のほうに大きな悪いところはなくて

むしろ健康といわれたんだし。フィッシャーもいるしこっちは何とかする。すぐに船を出すことも

ないだろうし。ともかくちょっと情緒不安定だね。落ち着くまで恋人と過ごして気楽にしなさい。」

結局。

「おれの提督のこの変化は知らせるんですか。」

ポプランは隣の恋人の肩を抱いてきいた。

「うん。今考えているのは幕僚には伝える。アッテンボローもその一人だしあのメンバーに

隠せるような状況じゃないしね。」

「うーん。シェーンコップのエロ事師にもいうんですね。」

まあね。

「シェーンコップにも言うよ。あいつもうちの幕僚だし。あの男は女性の心理に長けているから

断然アッテンボローの味方になってくれるとは思うけどね。」

「あいつに味方になってほしいわけじゃないが仕方がないです。原因がわかればね。

彼女も安心するんでしょうけれど医者もわからないわけでしょ。」

うん・・・・・・。ヤンは頷く。

「ともかくこっちのことは心配要らないよ。アッテンボロー。きちんと食事をして寝たいときに

寝て。それでいいんだからね。」

はいと頷くものの彼女は困り果てたご様子。ミルクの入ったマグカップをテーブルにおいて

自分の両手で自分の顔をふと、覆ってみた。



ぎゃー



という彼女(男)の悲鳴。

どうしたんだと男は2人顔を見合わせポプランはアッテンボローを抱きしめる。

「顔が・・・・・・・顔がちくちくする・・・・・・・。これって・・・・・・・。」

じたばたとポプランの腕から逃れてアッテンボローは手鏡を見る。

ほんの短い・・・・・・本当に短いひげが数本。

やだーと脱兎のごとく駆け出すアッテンボローをポプランが抱きとめる。

「しー。しー。大丈夫。大丈夫。・・・・・・あとで処理しよう。な。しー。」

29歳の女性の顔に無精ひげ。ポプランは腕の中にアッテンボローを抱きかかえて

冷静になだめる。彼女の頭をなで。背中をさすり。

「気づいてたのか。オリビエ。先輩ももしかして・・・・・・見てましたか。」

ポプランの胸に顔をうずめてアッテンボローは顔を上げない。

ヤンは困ってポプランをみる。

「・・・・・・すまん。気がついてたんだけどひげのこと気にならなくて。悪かった。」

とさしものレディキラーも謝るしかない。

「・・・・・・私も・・・・・・気はついたんだけれど違和感がなかったものだから・・・・・・

ごめんよ。アッテンボロー。」

ひどいー。と泣き出す女性提督。

・・・・・・鏡を見せてからせめて応対に出せばよかったとポプランは思った。

遅いけれど。

「司令官閣下。あとは小官が事態を収拾します。」

ヤンはこの場合頼りにならないから帰ってもらうほうがポプランはやりやすい。

ヤンも渡りに船と「ごめんよ。アッテンボロー。また来るからね。」と退室。



ほらほら。ハニー。

「顔そりしよう。悪かった。きれいだからわかんなかった。」

「・・・・・・うそつけ。」

本当彼女は男にしたところできれいなもんだからヤンの言うように違和感がなかったのだ。

おれ。ちょっと反省。

ポプランは2秒反省して。

「一緒に風呂に入ろう。朝風呂。きれいにしたげるからな。」

撃墜王殿は2秒反省すれば十分だった。アッテンボローを抱きかかえて

有無を言わさず浴室へ飛び込んだ。