地図のない旅、新しい宙(そら)・4



翌日ぐずるポプランを起こしてアッテンボローは船長たちに呼ばれたため

ホテルのレストランへ向かった。ボリス・コーネフはいいにくそうにまだ元に

戻らないのかとアッテンボローにたずねる。イワン・コーネフは淑女を辱める

男を赦さない。



「うん。すまない。まだ男だろうな。この声だから。」

なかなかのいい声だとポプランは半分寝ぼけつつ言う。



船長がみなを集めたのは同盟領土への航行の難しさと注意点を喚起する

ためでありならびに「恒星風」が今後の航路で起こる可能性があるという情報

であった。

「そういうのは私は得意分野だから何とかできそうだけど。」船の航行に今回

ウィロックは仕事がはいったため航宙士を船長が兼任することになった。

アッテンボローは軍人時代船の操舵をした経験がある。

熟達しているとはいえないがこのメンバーの中では彼女(現在彼)がもっとも

危急の航行に対応できる豪胆さがあった。



「どの恒星の風が荒れているのかわかるのか。」

船長は同盟領土に入る手前にある恒星の太陽風があれそうだと航路図をみせて

相談した。「親不孝号(アンデューティネス)」の船の構造や性能を見比べて

何とかこれを越さねばならぬだろうとアッテンボローは言う。

「うまくいきそうかい。提督。」

船長は少し心配になりたずねた。「うまくいくだろ。成功させるしかないものな。」

お前さんのは希望だろうと言うとアッテンボローは「かりかりするな。楽天的に

考えよう。船長。この程度の恒星風で座礁するような儚い命数の私じゃない。

心配するな。」

と肝の据わったアッテンボローは頭に船のデータを叩き込んだ。

万事任せろとにっこりと微笑んだ。



「うちのワイフは運がいいから余り心配するな。船長。白髪が出るぞ。」

とポプランはからかった。

能天気なやつらと心中はごめんだぞと船長はスクランブルエッグを

つつきまわした。



朝食をみなついでにそこでとっていて結局昨日ユリアンはコーネフに三次元チェスで

しこたま負けたとかそのコーネフを徹底的に負かしたのはマシュンゴだったとか。

そのような四方山話。



「俺とダーリンは・・・・・・。」ポプランが言おうとするとイワン・コーネフが

「却下。朝だから。」と間髪いれずに制した。

「独身男の僻みだ。」とハートの撃墜王殿が言うと

「お前さんたちが蜜月を過ごすのは大いに結構だが朝から耳にする話題

じゃない。夜にしろ。」とクラブの撃墜王殿は言う。



アッテンボローはそんなやり取りを見てはきっちりと朝食をとり思う。



フレデリカに会いたいなあと。

この数ヶ月男ばかりの世界に身をおいていささか辟易していた。

おまけに彼女は今生物学上の男。

精神衛生上よろしくない。



口に含んだ珈琲の味がさっきと少し違う。

軽い頭痛がしてすぐおさまった。変だな風邪でも引いたかなと頑健な

アッテンボローは首を傾げて・・・・・・。



立ち上がり隣でイワン・コーネフとまだ言い合いをしている亭主

オリビエ・ポプランの腕を引っ張りご不浄の方角へ走っていった。



残された船長は従弟に尋ねた。「どうしたんだ。また麻薬か?」

いや。「多分アッテンボロー提督は1人でお手洗いに行くのがいや

だったんだろうな。今は不本意でも男性用トイレに行かねばならない

お体だから。・・・・・・できれば目にしたくないものが多いのだろう。」

なるほどとボリスは言う。



「でもあれだけ別嬪なら十分女性用トイレに入ったとしても怪しまれ

ないだろうに。」分別があるんだなと感心した。



無茶なこともなさいますが。

「基本的にはアッテンボロー提督は分別があるお方ですよ。」とユリアンは

焼きたてのパンをちぎりながら口に運び言う。



そう。

アッテンボローは普通なら分別がある。



残された男4人はまた会話を愉しみつつ優雅な朝食をいただいていた。



しかし連行されたポプランはテーブルのナプキンすら置くまもなく男性用

トイレットに駆け込んだ。

珍しくアッテンボローが有無を言わさず自分の腕をつかみ早足で歩き出した。

淑女に恥をかかせてはポプランの矜持が赦さないので黙ってついてきた。

幸い男性用トイレットは人がいない。時間帯がはやいせいであろう。

アッテンボローは体が男になると女性用トイレットに入るのを遠慮する。

ボリス・コーネフの言うとおり線が細いユニセックスな美貌の持ち主だから

男であろうが女性用トイレットを黙って借用すればいいのに公的機関では体が

男だと男性用トイレットを使用する。



律儀で立派だと思うが。



見たくないものまで目に付くから必ずそういう時はポプランもトイレに

連れて行く。もちろん個室まで一緒に入らないが(アッテンボローが入れない)

いたいけなアッテンボローにすればポプラン以外のモノは見たくないらしい。

妻として天晴れであるからポプランは傍目から男同士の連れなんとかと

いずこでそしられようがかまわない。

かわいいアッテンボローが心細いというのなら地の果てだろうと男性用トイレット

であろうがついていく心積もりはある。



しかし今回は違った。



アッテンボローは一番奥の広めの個室にポプランを引っ張り込んだ。



え。「朝っぱらから大胆なダスティだなあ。」とにへへとポプランは鍵を閉める

アッテンボローに襲いかかろうとすると・・・・・・。

「いや。違う。早まるな。声。声聞け。これ女の声か。男か。どっちだ。」



何たる不可思議。あるまじき。



アッテンボローの声がだんだん普通の女性の声に戻っていった。



・・・・・・ぎゅ。

普通ならひっぱたかれそうであるがポプランはアッテンボローの亭主

なので服の上から胸をそっとつかまれてもしかられない。

人目さえはばかってくれれば。



「お。復活。いつもの感触だ。」しーとアッテンボローは指を立てた。

声を潜めろよなと。

女に戻れたかなと眸を輝かせていうアッテンボロー。



それは大事なことだから。



「今すぐ確認しよう。今ここで。すぐここで。」

ポプランはアッテンボローが着ていた男物のシャツをするすると

脱がせる。いやその。

「オリビエ、違うって。下の確認をしようとわざわざトイレットに入った

だけだし。それに見るだけだし・・・・・・。」



だめ。

「せっかくここは広い個室だし・・・・・・見て触って感じてすべて確認

しようぜ。」

と洒脱にウィンクをして見せた。そしてするっとシャツをはだけさせて

白い肌があらわになるとちゅっと音を立ててアッテンボローのたわわな

胸に接吻けた。

「・・・・・・ん。」とかわいいいつもの彼女のあえぎ声。



・・・・・・これで女に戻ったって十分わかっただろうとアッテンボローは小声で

ささやく。



オリビエ・ポプランのお尻には黒い尻尾がついている。

「ううん。わからない。」

とにっこり。



やだと抗うも上半身も下半身も危うい姿になっているアッテンボローを

ひんやりとした陶器の便座にお座りさせて唇で唇をふさぐ。

うんうんと口をふさがれたままポプランの頭や背中をたたいて

「トイレットでイイコト」を阻止しようとアッテンボロー提督は善処するも。



敗退。



だって。「オンナノコに戻れてうれしいだろ。ダスティ。」とごく小さな声で

ポプランはアッテンボローを抱き寄せ耳元でささやいた。

耳たぶを甘く噛み。

首筋に接吻けされて指がアッテンボローの胸からおなかをすべりボトムを

脱がされたところにあてがわれると・・・・・・。

「あん。」



こらー!

これでもうわかっただろうと耳まで真っ赤にして公共の場でのイイコトを

阻もうとアッテンボロー提督試みるも。



惨敗。



だって。

「もう俺、止まんないし。ごめん。」

そこをとめるのがレディ・キラーじゃないのかと心の中でアッテンボローは叫ぶ。

けれど口から漏れるのは甘い吐息とよがり声。

舌を絡めさせるポプランに余裕が無いのは肌を合わせているアッテンボローには

よくわかった。

・・・・・・そして自分もどうも止まる地点を越えてしまったようだと女性に戻った

アッテンボローはポプランの首に腕を回して彼を迎えるために脚を・・・・・・。



ポプランが指を入れるとそこはじゅんと熱くなっている。

「・・・・・・・やだ・・・・・・・ちゃんとして。」

うん。ちゃんとしような。「ちゃんとする。」

とひそひそと二人だけの秘め事がホテル・シャングリラの男性用トイレットで

進んでいた・・・・・・。







こういうとなんだがな。

「お前さんらの提督はえらく遅いな。体のつくりが男だとしたら。」

と船長が言うとイワン・コーネフはじろりと迫力のある目で従兄を

にらみつけた。

コーネフ中佐とて幾度も死線をさまよった歴戦の勇士である。

自由独立商人1人を震え上がらせる威厳がある。



「淑女には淑女の何らかの理由があるのだろう。あまりそこに

触れるな。ボリス。」

ユリアンはコーネフ中佐がまるで変わらず隠れたフェミニストであると

安心した。

「ポプラン中佐がご一緒ですから大丈夫でしょう。」

青年もイワン・コーネフに同意した。



・・・・・・でも。「やっぱり遅い気もするね。ユリアン。」アッテンボローは

化粧をしないから化粧直しではない。

二人が姿を消してから15分程度だがコーネフはアッテンボローの

体調が気になった。



「アッテンボロー提督、何かあったのでしょうか。」青年は声を潜めて

気を揉んだ。まさか昏倒しているのではないだろうかと居残る男たちは

気がかりになる。「今までお体にあの症状以外の不具合が出てないから

大丈夫だとは思うけれど。ポプランは何をしているのやら。・・・・・・

仕方が無い。しばらく待つしかないね。」とクラブの撃墜王殿は腕時計を眺めて

言う。



「あと10分様子が変わらなければ見てくる・・・・・・。その前にポプランが1人で

手に負えないなら声がこっちにかかるはずだしね。」



こちらの心配をよそにホテル・シャングリラのレストラン男子用トイレットでは。

オリビエ・ポプランはこちらでも歴戦の勇士なので人の気配を感じようものなら

それなりの対応はいつでもできるように用意周到。

つい声を出してしまうアッテンボロー。

「やん・・・・・・声、どうしよ・・・・・・。あんっ・・・・・・。」

ポプランは唇をまた唇でふさぐ。

けれど舌が絡み合う音と互いの吐息が静かな個室に響く。



熱いアッテンボローの中にポプランは彼のものを沈めてアッテンボローが

もっとも感じる部分を突き上げる。

「・・・・・・・っ。」

本当はアッテンボローの声を聞きたい。

あえぐ声がとてもかわいらしくてポプランはすぐ欲情する。

みだりに声を出しては怪しまれる。

けれど声こそエロスとも言える。



・・・・・・この危険極まりない状況もエロスともいえよう。



アッテンボローの上気した頬はきれいなピンク色。閉じた眸の睫の影が

妖しくてあだっぽい。誰にも見せたくないアッテンボローの乱れた姿と

二人がつながっている部分が明るい照明のもとはっきりと網膜に映る。

・・・・・・この光景は忘れられないなとポプランは額に汗をにじませて、励む。

ね。「・・・・・・・愛してる?」

ささやくようなアッテンボローの一言に脳天に甘い疼きが走る。

「・・・・・・愛してる・・・・・・。余裕なし・・・・・・。」

まさに色事の達人とは言えど余裕は無かった。



お前がどうこう言おうと。

「美人提督とちんぴら亭主。ちょっと遅くないか。」

ボリス・コーネフは従弟のまなざしを気にしつつ言った。倒れでもしてたら

やばくないかと船長はイワン・コーネフをせっついた。



確かに。

「・・・・・・脳や甲状腺になんら不具合は無いといえどアッテンボロー提督の今の

お体では何が起こるかわからない。ちょっと見てくるよ。」

コーネフ中佐が席を立った。何も無ければいいんだけれどねとテーブルに残った

三人に言いさっき二人が入ったトイレットの方面へ足を向けた。

靴音を鳴らして歩く中佐。

トイレットのドアを開けるとがつんと音が響いた。



「ポプラン!お前いるのか。」

コーネフの静かな声にポプランは「おう。いるぜ。」とこたえた。一番奥の大き目の

個室が確かに施錠されている。後はドアが半分あいた状態でほかには誰もいない

らしいとコーネフは思った。

「・・・・・・提督の具合でも悪いのか。あんまり遅いから昏倒されているのではと

こっちはこっちで気を揉んでるんだ。」



1秒の沈黙。



「いや。ちょっと吐いただけだ。意識はある。心配ない。どうもさっき珈琲を飲んで

胃がむかついたみたいで。食べたものを全部・・・・・・出しちまった。」

ザーッという水を流した音がして「まだ出るみたいだ。」とポプランは言う。

実際は・・・・・・。

こんな状況でも出したのはポプラン中佐でアッテンボローは達するとき

色事の天才オリビエ・ポプランがたまたまもって入ったレストランの清潔なナプキンを

口にくわえさせられ果てていた。



くどいようだがポプランはこの道でも歴戦の勇士なので最中でも声にも

乱れが無い。

けれど実際はアッテンボローを抱きかかえ肩で息をしていた。

アッテンボローもひくひくとただポプランにしがみついて眸に涙をためていた。

口にくわえさせたナプキンをポプランは取り去り、アッテンボローはトイレットの

水音とともに「・・・・・・はあ・・・・・・・はあ・・・・・・。」と苦しそうな声を出した。

もちろん苦しみの声ではなく。

女性として達した声であった。



けれど聞くほうはそうはとらない。

「提督。大丈夫ですか。医者呼びますか。」

う・・・・・・。というかすれた声。



「・・・・・・・まだちょっと・・・・・・。」

アッテンボローの声はいつもの女性提督の声。しかし具合は悪そうだ。

「医者はいらん。どうもワイフは女に戻ったらしい。もう少し様子を見て

個室を出るからみんなにもすまんがそういっておいてくれ。」

またザーッとトイレットの水を流す音。

「わかった。ともかく大丈夫なんだな。女性に戻ったこと伝えておくぞ。」

コーネフ中佐はそういい終えるとかつかつと靴を鳴らしてドアをばたんと閉めた。



静寂。



後始末をしながら乱れた服装を整えてアッテンボローは赤面してポプランに

言った。

「ばか。」

「絶対大丈夫。おれこういうの得意だから。」とポプランはアッテンボローの唇に

唇を重ねた。だってさ。

お前が恋しかったんだもん。



そういわれると赦してしまうアッテンボローであった。

二人ともお互いの服装の乱れや髪の乱れを整えて。



席に二人戻ると心配そうなユリアンに女性提督は「今夜でも出発できるよ。

どうする。ユリアン。」ときれいな笑顔で微笑んだ。

アッテンボローの突発性性転換が治った。二日かかったけれど治った。

「じゃあ今夜フェザーンを立ちましょう。よかったですね。アッテンボロー提督。」

亜麻色の髪の青年はにっこりと笑みを返した。



かくて「親不孝号(アンデューティネス)」はようやくフェザーンを後にして同盟領土に

赴き目指すはエル・ファシルである。



その夜廊下でポプランはコーネフに頭をぽかんと殴られた。

「なにすんだ。コーネフ。」

「今回は貸しだ。わかってるだろうな。」



ちえーとぼやくポプランを残してイワン・コーネフはふんといって自分の船室に

はいっていった。

あいつ何でも見抜きやがるなあと殴られた頭をおさえたポプラン中佐。

イワン・コーネフ。

淑女にはやさしいがけだものには厳しい男である。



by りょう





うわー。惨劇。

これでイイのかどうか涼本先生にお任せします。(ごめんなさい。)

コーネフ、ヤン、シェーンコップの誰かに隠れてトイレットでエッチというリクエスト。

そのシチュエーションはおいしい上に口に何かを詰めれば声をふさげると智慧を

授かり・・・・・・。ごめんなさい。涼本様。こんな作品でもささげます。 りょう。


LadyAdmiral