背中より絡めた指で伝え合う・6







傷つけるために、愛した訳じゃない。

苦しめるために、愛した訳じゃない。

あなたの微笑み、おれには痛すぎる・・・・・・。

壊れてもいい。

壊れるのは怖い。



儚いからこそ美しいなんて言いたくない。

脆いからこそ美しいだなんて思いたくない。









そんな美しさなんて、いらない。














必要な資料を自分のメディアに入れたアッテンボローは夜の雨が降る中を

帰るから傘を借りたいとキャゼルヌに言う。

「結構降ってる。車で送ってやるぞ。どうだ。この麗しい後輩を思う気持ち。海

よりも深く山よりも高いんだ。」

アレックス・キャゼルヌにしてはまずまずのジョークを言った。この場に漂う

かすかな緊張感。キャゼルヌ一人が感じている訳じゃない。

アッテンボローだって緊張している。



早く帰ろう。

アッテンボローは思い。

早く帰すべきだ。

キャゼルヌは思う。

でも・・・・・・時計を見ると1900時を回っていた。今から急いで帰せば寮の食

事に十分間に合う。

本当は帰したくない気持ちが募るキャゼルヌは自分でもみっともないと思わない

でもないが一つ提案をすることに決めた。



「腹が減ったから飯でも作ろう。アッテンボロー、お前さんは寮の食事とおれの

手料理どっちが食べたいと思う?」



いじましいと自分をあざける。

こうまでして17歳の青年の顔を見ていたいと思うこの情念はなんなんだろう。

恋の病なんてかわいいものじゃない。年の差を考えるべきだと一人のキャゼル

ヌはいい、夕飯を一緒に食べるくらいは別にたいしたことじゃないじゃないかと

もう一人のキャゼルヌは言う。

飯くらいヤンにもラップにも食べさせたことはある・・・・・・。






手料理、ではないにしても。



でもさすがに浅ましく思えるキャゼルヌである。彼は面の皮が厚いけれどこんな

場合まで冷静ではおられない。恋にてなれた男ならばこんな場面どうということ

はないのに。






「・・・・・・先輩が作るんですか。というか・・・・・・。」

作れましたっけ。

アッテンボローは純粋な気持ちで尋ねた。さっきも考えたことだがアレックス・キャゼ

ルヌに台所(キッチン)は似合わないと翡翠色の髪と眸を持つ青年は思っていた。

スクランブルエッグを作るキャゼルヌの姿はあまり想像出来ないし・・・・・・。

17歳の育ち盛りだから空腹は感じていた。花より団子ではないけれど恋していても

腹は減る。それは自然。



「一人暮らしが長いんだ。作れるぞ。甘く見ているな。」

「そういうの、全然自慢できないですよ。先輩。」



一人暮らしの間に気に入った女性はいなかったんですかと心にもないことをアッテン

ボローは言う。







そんな女性がいたと言われたくない。

そんな女性がいると言われたくない。

でもそんな女性が未来現れるのは確実、なのかもしれない。

言っていて自分が不毛になる。



つべこべ言わないで食うのか食わないのかと仏頂面で言われるものだから

アッテンボローはいただきますと言葉をあわせた。



そっと台所(キッチン)に足を運んで未来の後方勤務部長といわれる男が調理する

珍しい姿を見たいとアッテンボローは思った。なかなか見られるものじゃないし

・・・・・・一体何を普段食べているのか気になる。









好きだから。












ねえ。先輩。



「何を作ってるんですか。」

見ればそこそこ不器用でもなく野菜を下ごしらえしたり湯を沸かしているキャゼ

ルヌの姿があった。卵なんぞ片手で割っている。

「肉を焼くつもりだから野菜は温野菜にした方がいいかなと思ってな。それだけ

じゃお前さんが飢えそうだしオムレツでも作るかなと思ってる。」






ぷっと、アッテンボローは吹き出した。

まじめな顔をしてペティナイフで皮むきをするキャゼルヌ。なんだか似合わない。

へたではないし本人は大まじめで調理しているようだが、アッテンボローはつい笑

いを隠せなかった。なんだか「温野菜」だの「オムレツ」だのこの人には似合わない

なと苦笑した。



こら。






「先輩だけに飯を作らせるな。若者。お前さんは料理はできないのか。」

今日はやけに仏頂面を見せるキャゼルヌでもアッテンボローはいいと思っている。



好きだから。



「そのうち作れるようになろうとは思います。結婚する気がないんで。」

「それは結婚と並べる筋合いの問題じゃない。士官たるもの料理の一つもできんと

将来恥をかくし困るぞ。ヤン・ウェンリーを見てみろ。あいつは士官学校で整理整頓

や清掃も習っているだろうに一つも習得せんまま塵とほこりにまみれて生きておる。

あれでは嫁のきてがなさそうで先が思いやられる・・・・・・。」






そんなところも好きだとアッテンボローは思う。

いつでも後輩を・・・・・・誰でもではないが自分の弟のように心配をするくせ。外見だけ

ではわからない人情家・・・・・・ちょっとばかり人よしすぎるかなとアッテンボローは

台所(キッチン)で隣に立ったキャゼルヌをちらりと見てしまう。



実は端正な面立ちも好き。

口を開くと毒を吐くけれど黙っているとキャゼルヌはまずまずの美男子だとアッテ

ンボローは思う・・・・・・もっともその容貌にだけ惹かれている訳じゃない。






「お前さんも全く料理ができないというわけではなさそうだな。」

声をかけられて青年は恋心を隠して。

「母親や姉の手伝いで覚えたんです。それに今時の男子、料理くらいできないと。」

ふんふんとキャゼルヌは頷く。

「悪くない心がけだ。今時の女の子は料理くらいできる男を選ぶらしいしお前さ

んはその点は心配なさそうだ。」



嘘。









自分一人のアッテンボローであってほしいと思っている。

自分一人だけの、アッテンボローでいてほしいと願っている。

そんな叶わない夢。











ねえ、先輩。



「雨の日って悪くないですね。そりゃ晴れた日も好きだけど雨もいいなって思えます。

宇宙にでちまったら雨なんて降らないですよね。」

赴任する土地にも寄るんですけどねと火加減を見ているアッテンボローが呟いた。

皿を食器棚から出してキャゼルヌは同意した。



「・・・・・・お前さん、早死になんてするなよ。」

キャゼルヌが言うのでアッテンボローはしないですよと笑った。

これでも自分はしぶといのだと付け加えた。






先輩を遺して、逝けないですよ。

たとえ先輩が美しい人を妻に迎えて子供に恵まれたとしても・・・・・・。

側にいたいんですから。









口に出せば簡単だけれど、アッテンボローは言えなかった。

肩を並べて冗談を言える今の距離が遠くなってしまうのは、辛い。

先輩と後輩という関係でもいい。



側にいたい。









料理を盛りつけ食卓に運んだ。

食堂やレストランで一緒に食事くらいはしたことがあっても思う人の家で

まさか手料理をいただくことになるとは思わなかった。

そしてもう一つアッテンボローには思いも寄らないことがある。











この恋は。






片思いじゃなかった。

互いが互いを失いたくないがために口に出さなかったけれど。



キャゼルヌも同じ気持ちだった。

アッテンボローのそばにいたい。

できうるものなら現在と未来を共有したい。

そう願っていた。



士官学校を卒業したのちにあれよあれよと27歳で将官になる聡明な同盟史上最

年少青年提督候補である17歳のダスティ・アッテンボローはまだこの年長の男が

どんな思いで彼を見つめ彼と過ごしているのか知らなかった。






ちゃんと野菜も食うんだぞ。青少年。

などとからかわれるものだからアッテンボローは苦笑するしかなかった。






このときは。



7へ続きます。まだですが。







なかなかそれらしい雰囲気にならないですみません。

それらしくそろそろなってもいいなとは思っているので

次回以降がんばります。