どうしたって変わらないもの・5
あれからオリビエ・ポプランは隣人のもとに来る「来賓」に関して無関心だった。
要塞防御指揮官であろうと、薔薇の騎士第14代連隊長であろうと駐留艦隊
司令官閣下であろうと、要塞事務監であろうと。騒ぎが大きかろうと、小さかろうと。
正確には、無関心を装った。
一応、気にはなったし多少は様子をうかがったが前ほど懸命に他者を阻止すると
言うほどではない。
たとえダスティ・アッテンボローの部屋に誰がいようと、彼は自分らしく飲みに出かけ
たり、美しくもかわいい女性と一夜の恋に落ちたりと普通に暮らしていた。
どうしたって変わらないもの。
それが二人のリレイション(関係)ならば。
・・・・・・どうしたって変わらないんだろうなあとまだ後ろ髪を引かれるけれど。
考えてみれば一度としてアッテンボローからポプランに男に絡まれて助けろ
とは言われていない。
「もっと早くに来い。馬鹿野郎。」
そういわれたのは一度きり。
結局麗しの青年提督は隣人がクラブの撃墜王でも同じことを言ったであろうし
何もポプランでなくても良いと言うこと。
なんてらしくもない螺旋(スパイラル)な思考にはまりこんで、ハートの撃墜王は
あまり絶好調ではなかった。
思うひとに思われない、身のわびしさ。
・・・・・・それもまた恋のおもしろさなんだけれどなとわきまえてはいた。
惚れたのは、やけにまっすぐな視線と背筋。
制服組で身長はあるけれどやわな体をしているくせに、言い出したらきかない気の
強さと、べらぼうに切れる頭。
仕事をさせたらかなり優秀な伊達ではない青年提督。
そしてつけいる隙がありそうだと思ったなかなかの偽悪趣味。
案外堅いガードも、籠絡する愉悦を加速させた。すぐに墜ちてこられては興がない。
でも、結局どうしたって変わらないものときたもんだ。
言いにくそうにはっきり言ったアッテンボローの、複雑な表情が眸を閉じると浮かんでくる。
自分になつく人間を拒むことが本来はすきじゃないんだろう。ばつの悪そうな顔をしていた。
リョウユウノポジションナラ、モンダイナカッタノニ、オオバカヤロウ。
そういっているのがよくわかった。
でもね、アッテンボロー提督。
人の心って化学式のように行かないんですよね。
いつの間にやら、あなたは俺の心に住み着いた・・・・・・出会ったときには何かが始まった
そんな気持ちがして。
なんて酒の瓶に手をかけて・・・・・・明日早朝から訓練だったなと自重したポプラン。
0132時。
おとなしくねましょとベッドサイドのランプをけした・・・・・・。
ピンポン。
寝入りばなチャイムが鳴った。来訪者がいる。
アリシアか、へザーか。それともタチアナかクリステアか。思い当たる佳人が多すぎる。
こんな夜中にポプランのプライベイトルームにやってくるのは一体どの女性だろうかと
ドアのロックを解除した。いついかなる時であれ女性を待たせるのはポプラン家の家訓
にはない。
・・・・・・。
開いたドアの向こうにいるのは紛れもないダスティ・アッテンボロー少将閣下。
「あらま。いらっしゃいまし。」
「すまん。夜中に。」
・・・・・・こういうところが晩生というか、言葉の接ぎ穂を見失ったアッテンボローに
ポプランは眠気もすっ飛んでいつもの調子で、ライトなトーク。
「どうしたんですか。提督。夜ばいする部屋、間違ってません?」
ばか。
ばかと言われて、ポプランはいつものアッテンボローの調子が出たなと一安心。
けっこうけっこう。
小生はあなたに大馬鹿野郎なほど、ひかれているんですからと緑の眸で微笑んだ。
「あのさ。部屋の配管工事が終わったらしくって、明日に・・・・・・いや今日か。すまん
ちょっと仕事が混んでたもんでいま帰ったんだ。今晩にはもとの部屋に帰るから。」
二週間、世話になったなとアッテンボローはポプランが好んで飲むコーン・ウィスキー
を二本、彼に手渡した。
「気を使いすぎですよ。提督って。早く老けちゃいますよ。」
「・・・・・・悪かったな。いっとくけどそれほど年寄りじゃないんだからな。俺はまだ・・・・・・」
はいはいとポプランは「提督、声大きいし話、玄関ホールに入ってくださいよ。」
近所迷惑ですしと中に招いた。
アッテンボローは少しとまどいつつも、確かに夜中で近所迷惑になるからと、ポプランの
部屋に入った。玄関ホール。
「コーヒーでも入れましょか。酒も頂戴したことですし。ありがとうございます。遠慮なしに
いただきますね。」
ポプランはキッチンで湯を沸かしはじめていて、アッテンボローは玄関ホールから客間に
とおされた。
こんな時間まで大変っすねーなどと軽い口調で手早くコーヒーを入れて
「勝手に座ってくださいね。」などなんだかやや固くなった印象のアッテンボローに気遣い
せぬように言った。
「こんな時間にカフェインなんてとると眠れなくなるぞ。ポプラン。」
アッテンボローがソファに腰を落ち着けてキッチンの部屋の主に言う。
「いついかなる時でも寝たり起きたりできるのが、オリビエ・ポプランが優秀なパイロット
である証なんです。」と大きめのマグカップを二つもって戻ってきた。
「提督だってずいぶんと仕事熱心ですよね。大丈夫なんですか。酒の方が良かった
かな。」
気を使わないでほしいとアッテンボローは言った。
なんか、今ひとつ緊張してる様子だなあとポプランは腰掛けて自分のコーヒーカップの
方を持って口にした。
で、今夜には無事に将官の部屋に戻れるんですねと声をかけると・・・・・・。
「お前の本気って、どこまでが本気なんだろ・・・・・・・・。」
アッテンボローはぽつりと呟いた。
・・・・・・。
提督ずいぶんと散文的な質問をしてきましたねとポプランはおどけて見せた。
この空気ではそうした方がよろしい気がしたのだ。
「シェーンコップは冗談でからかっている・・・・・・それはわかってる。男を抱く趣味はないが
どうも俺は、おもしろみがあるという。十分失礼な話だが、酔狂で口説いているのがわかる
分、こちらも対抗策はいくらでもある。げんに、最初の数日はお前さんが間にわってはいって
騒ぎを鎮火してくれたが以後自分で善処したつもりだ。・・・・・・でもな。お前ってさ。」
もっと違う関係を本気で望んでるわけ?
二人してブラックコーヒーを飲みながら、アッテンボローはこんな時目線をあわさないし
ポプランは、トドノツマリガ知りたくてじっとアッテンボローを見つめてた。
「そうですよ。もっと違う関係。小生はいままで女性にしか興味はなかったんですけれど
あなたは、何か別でした。何がほかの男どもと違うのか3000くらい列挙しても良いんですが
結局のところ、あなたのことが素直に、好きなんです。できればもっと・・・・・・側にいたいと
願ってしまって。そういう感情は実は、恥ずかしながら小生も初めてです。」
男に恋をしたのがか?とアッテンボローはまだそっぽを向いて壁を見つめている。
「そうですねえ。・・・・・・ずっと側にいたいと思ったのが、ですかね。」
恋愛は星の数ほどしてきたんですけど。
「側にいてほしいというか、側にいたいというか、同じ人生歩きたいというか。そういう
気持ちはついぞなかったことなんです。友人でもあり・・・・・・心の奥で一番大事な
ひとって言うのが実はあなたなんですよね。」
って。
「告白してるんですよ。わかってます?提督。」
「うるさい。わかるよ。それくらいは。」
ポプランにちゃかされてアッテンボローはやっとポプランに目線をあわせた。
「というか、俺男だろ。そういう気持ちは貴官の好きな女性たちのうちの一人に捧げられる
べきものじゃないわけ?」
普通の場合。
アッテンボローはそこがうまく理解できていないご様子である。
「紛れもなく男だとお思いますけど、恋に理屈っているんですかね。」
「・・・・・・・おれな。正直、お前のことよくわからない。」
・・・・・・意地汚いところもこすっからいところも、せこいところもあるけど、お前のことは
信じられる仲間だって思っている。
「随分ほめられてしまいましたね。」
「随分ほめてやっただろ。」
アッテンボローはほんのわずかに笑顔を見せ、また何かを思案しつつ言葉をよりわけて
話をはじめた。
「・・・・・・お前さんのことは基本的にとても信頼している。出会って間もないのにこんなの、
憶測でしかないのに・・・・・・冗談ばかり言ってのけるけどお前さんが・・・・・・俺のことを
女性以上に・・・・・・・好きなのも・・・・・・・・この際信じて良いのかなと思わないでもない。」
もっと素直に信じてくださいよとポプランが言えば、アッテンボローは顔をしかめて馬鹿と
言った。
提督。
「キスして良いですか。」
ポプランの言葉に、一瞬アッテンボローはひるんだ様子を見せた。ポプランの方はだめもと
という気持ちと、本当にキスしたい気持ちが心の中に満ちてきたのである。
「・・・・・・ほほとか額じゃなさそうな話だな。」
「ええ。マウス・トゥー・マウスのキスです。一般に言う。」
アッテンボローは憮然とした面持ちでポプランをにらんでいて、ポプランは悠々とコーヒーを
すすっていて。
「いっておくが俺は誰とでもキスしたりできる人間じゃない・・・・・・。」
「そんなこと。」
そんなことは十分わかってますとアッテンボローが腰掛けているソファの前にポプランは
たった。そして隣に座った。
「誰とでも簡単にキスするようなダスティ・アッテンボロー少将閣下では、心ときめきません。」
交差する眸。
不思議に悪くない沈黙。
・・・・・・そういうことはだな。
「いちいち断らないとできないのか。色事師。」
言い終わらないうちにアッテンボローの唇の上に、あたたかくて柔らかな感触。最初は眸を
大きく開けていたアッテンボローも、やさしい接吻けに安堵して、ゆっくりまぶたを閉じた。
互いの舌を絡め合わせて、もとめるようなキスに変わっても、アッテンボローはおとなしく
ポプランの腕の中にいた・・・・・・。
ポプランの指がやさしくアッテンボローの髪を掬う。
そして首筋を指がなぞり、止まる。
案外広い背中をアッテンボローはいつの間にか抱きしめていた。
唇が離れるのが、口惜しいくらいに焦がれた接吻をして。
「・・・・・・提督の側にいて良いですか。」
きらめく、緑の眸がやさしい色でアッテンボローを見つめて、ささやいた。
「・・・・・・いやだといっても・・・・・・。」
側にいろ・・・・・・。
朱に染まったまなじりを見つめてポプランはアッテンボローを抱きしめて・・・・・・。
どうしても変わらないものって実は「小生の愛」だったりするんですよと耳うちした。
「・・・・・・勝手にほざけ。」
絶対自分は言わないだろうなと、肌を合わせながらも、意外なほどの心地の良さに
驚きつつアッテンボローは思う。
実は出会ったときから、このこしゃくな男が気になって仕方がなかった。その理由も
根拠もなくただ、気が合う僚友だと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
部屋のアクシデントでこの男の隣室になったとき、玄関ホールから中に入れるのが
アッテンボローは怖かった。一度入れてしまえば・・・・・・惹かれている自分に分がなさ
すぎると思った。
一度、入れてしまえば、もう追い返せない。
二歳の年の差で、行く末が見えていた。
いつかは空へ返す時が来る。
そのとき、自分は潔く彼が愛したダスティ・アッテンボローとして見送れるであろうか。
その自信がつくめどもないまま、いまポプランの手中にいる・・・・・・。
なんかいろいろとたくらんでそうな顔してますねと、二歳だけ若い「格上げ恋人」が
アッテンボローの顔をのぞき込んで呟いた。
「人の気持ちも知らないで。」
ポプランに言った。
実は知ってますよと、ポプランは言う。
そしてあまり見ないまじめな面持ちで、アッテンボローに言った。
「どうしたって変わらないことは・・・・・・いつでも、どこへ行こうと、俺は提督の元に還って
きますから。」
側から、離れてあげません。
そういう事情で二人の関係に変化が現れた。
将官のアッテンボローの部屋にポプランが出入り自由で、キーカードまで持っていて、
ほとんど自分の部屋に帰らなくなった。
これこそまさに、めでたし、めでたし。
fin
でも実は番外えっち篇を書く予定です。裏ですから。微笑。まだです。
まさかの成就に書いている本人が一番驚いています。
本来であれば物語の大まかな筋は決めておくべきでこの作品ほど行き当たりばったりだったのは
・・・・・・まあ多々あります。
基本的に脳内で登場人物がせりふを言ったり仕草をするのを文字に起こしているというあるまじき
な方法で書くことが多い44です。
おつきあいくださりありがとうございます。
後日、むにゃむにゃ篇を書こうと思います。 りょう
|