僕のてのひらに降りてきたもの
同室のオスカー・フォン・ロイエンタールという少年とは少しくらいは会話するようになれた
けれど。私はもとからどの人とも自分から慣れ親しむというのもうまくない。自分はこの帝国
では異端者だと思っているし。
E式の黒髪と黒い目。
とても目立つ。
ロイエンタールという少年は貴族のでだけれどあまり個人の出自にこだわらないようだから
そこは気が楽なんだけれど・・・・・・。あまり会話が弾むという感じでもないしたぶん・・・・・・
私のような幼年学校の劣等生とは戯れあうつもりはなさそうだ。まあ仕方がない。
自分がこの国ではマイノリティー(少数派)であることは分かり切っているし。
自分の父が自由商人でなく叛乱軍側の人間だったとしたら。たまたま父親が生前帝国との
貿易を手広くしていたことと母が・・・・・・私は全く覚えがない女性だけれど亡くなった母が
帝国の女性でなければ・・・・・・私は自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)かフェザーン自治領
(ラント)にいて・・・・・・E式でも全く目立たずに暮らせたのかなと思う。などとらちもないことを
考えながら本を読んでいた。父は骨董が好きだったけれど私はものではなく歴史が好きだ。
幸い幼年学校の図書館は立派なものだからいつもよい本を手にすることができる。
よい本・・・・・・いや少し違う。
現王朝に都合のよい本と心の中で思う。
口に出して非難するほどの勇気はない。
「なあ、ヤン・ウェンリー。」
本に没頭していたから全く私は気がつかなかった。ベッドでごろりと横になって本を読んで
いたらすぐそばに同室のロイエンタールが立っていた。「なんだい。ロイエンタール。」声を
かけられたのでふつうに受け答えをするのは礼儀だろう。本を閉じて体を半分起こして
座った。
・・・・・・。
どうも私の髪は秩序なく乱れ気味だが仕方がない。相手は淑女ではないし勘弁して
もらおう。
私の手のひらに降りてきたもの。
「・・・・・・。」
小さなはこ。
これはなんだいとロイエンタールに尋ねるとチョコレートだという。
「どうしてチョコレートなど私にくれるのかい。その、君とは普段から忌憚なくうち解けて
いるわけでもないし・・・・・・。」
そこが問題なのだときりりと短くきっているダークブラウンの髪と不思議な眸・・・・・・
右は空の色の青で左は黒い眸で見つめられる。怜悧で端正な面持ちの人物でいかにも
将来元帥にでもなりそうな、優等生だと私は思う。
・・・・・・元帥になれるのが羨ましいとは思わないけれど。
「君はルームメイトだし余りよく話しをする訳じゃないがおれは一度も君を嫌ったことは
ない。今日は2月14日で聖バレンタインの日だという。人が言うには親しくなりたい人間に
チョコレートを贈る日だそうだ。だから君にチョコレートを贈ろうと思う。」
ロイエンタールは至ってまじめに言う。
至極まじめ。
私は・・・・・・言葉を失う。わずかの間。
バレンタインデーというものはロイエンタールが言う意味も含まれてはいるけれど
おおむねは友情の印でやりとりをする日ではなくて。・・・・・・いや義理のチョコレートと
いうものもあるし友情のチョコレートというものもありなのかととりあえず私は納得して
みた。
ええと。
「ありがとう。・・・・・・私も君を嫌ったことはない。でも私の気質自体が・・・・・・茫洋として
いるし・・・・・・誤解しないでほしいのだけれど無口なのではなくて・・・・・・必要性がないと
言葉がうまく思い浮かばないんだ。」
君のことは嫌ったことはないよ。ロイエンタール。
「私も。君のことは嫌いだと思ったことがないけれど・・・・・・きっかけがつかめないまま
今日になった。」
私がそういうとそうかと怜悧な美貌の持ち主が薄く笑った。
私はその笑顔が・・・・・・かなり気に入った。
まだ出会ったばかりのころの話しで成人して軍務についてからこのことをはなすと
ずいぶん世慣れしたロイエンタールは少しばかり機嫌を損ねる。当時のロイエンタールは
担がれたということだろう。
やっぱりふつうバレンタインというものは恋する二人のためのものである。そういうと。
「恋する二人のためのものであるならなにもおかしなことではないではないか。」
と開き直っているわけでもなくロイエンタールは私をまっすぐに見つめて言う。
そんな彼を私は、かなり気に入っている。
fin
はじめてのロイヤンです。ちょっとだけ恋なのでしょうか。
うちのシリーズになればいいなとか思ったりします。
この二人のなれそめはまだ考えていないけれど同じ側の人間同士なら
仲良くなれた二人だと私は信じてます。
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