体に似合わぬ手の力
アッテンボローがシェーンコップとポプランに目をつけられた・・・・・・。
深夜。
ヤンは一言愉快そうに恋人のベッドの上で呟いた。
今日はいろいろと仕事で気をもむことがあったのでさすがにヤン司令官閣下殿も
精神的にたいそうお疲れのご様子である。
そういうときに素直にユリアンがいる自分のあのばかっぴろい部屋で寝ればいいの
かもしれないのだけれどイワン・コーネフと一緒にいたい気持ちは彼にも、ある。
恋人だから。
「アッテンボロー提督は感情表現が豊かですからね。魅力はわからなくもないです。」
第二飛行隊長は相も変わらずヤンの隣にいるけれども今日発売された最新刊の
クロスワード雑誌に視線は釘付けである。
コーネフはクロスワードしか取り柄がないわけでもないし、それしか趣味がない男
でもない。
けれど彼は言葉のラビリンスに浸るのが好き。
ヤンだって本を読み出すとコーネフの相手を(あまり)しないのだし放置されることは
お互いなれている。
コーネフの部屋で過ごすときは二人とも基本自由。
ヤンも最近読み出した怪奇ホラー小説を持ってきている。
「第一飛行隊長と要塞防御指揮官か。うちの分艦隊司令官はどちらを選ぶことに
なるのやら。」とあくびをしつつ本を読む。
今日は。
「閣下、ずいぶんと隠密な会議がおありだったからお疲れでしょう。寝ますか。」
クロスワードの世界に半分以上足をつっこんでいるけれどコーネフもヤンが
気になる。
恋人だから。
いやいや。「こういう日だからこそかえって寝付けないんだ。悪いね。」
いえいえ。「ちっとも。何のおかまいもしませんで。」と同じ大きな枕に
仲むつまじく頭を並べて片方はホラー小説、片方はクロスワードに没頭。
これが成立するので二人の心地よい空気。
今回の最難関の問題は・・・・・・。「無期限の旅行券。50万ディナール
相当。誰かさんの年俸の半分ですね。」と淡い金髪の撃墜王どのは
隣の黒髪の司令官に言った。
「ふむ。悪くないな。できれば空気のおいしいのどかな山間地方や渓谷の
あるところで逗留したいなあ。」
ごろりと向きを変えてヤンはコーネフの持っているクロスワードのページを
のぞき込んだ。
でもほとんど。「もうといてるじゃないか。さすがだね。」
ヤンはそういうことに頭を使うのが苦手だから素直に少年のようにコーネフに
期待のまなざしを送った。
この問題なんですよね。
とコーネフは唇にペンをくわえながら指でヤンに示した。
「化学物質。名称はDHMO水酸の一種。無味・無臭だが死をもたらす。
末期がん患者の悪性腫瘍から検出され防虫剤の散布にも用いられる。
洗浄した後も残留し産物に悪影響を与える。さらに温室効果を引き起こし
多くの材料の腐食を進行させさび付かせる。この物質の化学式を入れよ。」
これがとければあとは全部わかるんですよとコーネフは言う。
と口からペンを取り出しこつんとコーネフは自分の額に当てた。
「「DHMO」なんて物質ありましたっけ。」
どうもその化学式が最後の答えになるらしい。
コーネフはエリート軍人でありエリートパイロットである。
化学式などお手の物の彼がDHMOという酸化物の一種がわからぬと頭を
ひねっている。
「そういうのって端末で検索すればわかるじゃないか。・・・・・・私は苦手
だけれど。」
ヤンが言うとそれじゃ頭の体操にならないですと年下の撃墜王殿は
ややぶぜんという。
「それってね。・・・・・・。いや。いいや。私が答えたら君のためになら
ないよね。」
ヤンは何も言うまいと目を閉じておやすみという。
ちょっと。「ちょっと閣下。答えをご存じなんですか。」
うん。知ってるよとヤンはごろんと背を向けて言う。
「知ってるなら教えてくださいよ。」と体に似合わぬ手の力でヤンをころりと
こちら側に向けた。
いってもいいけれど・・・・・・。
「イワンはまじめだから怒り出すかもしれないなあ。」
ヤンはやれやれというような表情でコーネフの持っているクロスワードの
回答欄をみる。やはり入る文字数は3つ。
「たぶん私の答えで正解だな。・・・・・・私が言うと怒るだろ。」
怒りませんとコーネフ。
いや、不機嫌になるとヤン。
じゃあ絶対不機嫌になりませんとコーネフはまじめに言う。
ああ。何故私はこの手のことに詳しいのかなとヤンは頭をかいた。
「H2O。だよ。水。」
は、と頓狂な声を出したのはコーネフ少佐。
それはどちらかというと古典のジョークなんだと歴史に俄然強い黒髪の
青年はまるで悪事を報告する子供のようにばつが悪そうに言う。
「昔地球でアメリカ合衆国という国ではやったジョークなんだよ。対象の水酸が
水であることを伏せて水についての事実を極端な説明をつけて聞き手にさも
恐ろしい化学物質と思わせるジョークに使われていたんだ。考えたのはどうも
14歳の子供らしいから前にユリアンにクイズにしたことがあったから覚えてる。」
水は体内いかなるところにも存在するので悪性腫瘍からも発見されるだろう。
水をかければ鉄はさびるし腐食する。水が多すぎれば農作物は枯れるし
惑星の温室効果も水なしでは起こりえない。
「ジョークとしてはこれに「この物質は法で規制すべきか。」など最後にくっつけると
多くの大人が規制すべきと言ったらしいよ。「DHMO」っていうのは一酸化二水素。
「Dihydrogen Monoxide」ってこと。水、だよ。」
そのジョークは古典に属する話だからとヤンはコーネフの顔色を見つつ
ころんとまた背を向けた。
ちなみにユリアンは水だと答えたよと一言言ってシーツの中に潜り込んだ。
ねたふりはなしですよ。閣下。
優しい声でイワン・コーネフは笑わないでシーツの中のヤン・ウェンリーを
引っ張り出した。
「怒ってませんから。」
「でも、不機嫌だよね。」ヤンはいつも思う。コーネフは制服を着ていると
それほど筋肉があるような男に見えない。ポプランにしてもそうだが優男に
見えなくもないが・・・・・・。
またころんと見た目ではわからぬほどの力でヤンはコーネフの向きに
転がされた。力があるなあと。
「フキゲンデモアリマセンカラ。」
それを世間では不機嫌な声、というのだよとヤンは言いたかったが
沈黙は金なりで黙っていることに。
「・・・・・・。この問題はいささかペテンですね。」
とあきれたように言うと「H2O」と書き込んで雑誌をベッドサイドのボードに
おいた。
全問。
「閣下のおかげで全問とけました。」と優しくヤンを抱きしめていった。
もっと難しい問題が残ってますけどねといつも通りのコーネフに戻ってヤンの
黒髪に顔を埋めた。
これはさすがの閣下でも解けないですよと優しいブルーの眸がほほえんだ。
腕の中でヤンははてと考える。
いつになったら二人で山間地方や渓谷に逗留できますかね。
ちなみに。
「おれはいつでもいいですから。」
あ、とか、えっととかいいながらヤンは答えを出せずにいる。
いいんですよと少し乾いた黒髪の青年の唇に唇を重ねて。
「ここはのどかでも空気もおいしいともいえないですがおれは閣下と二人で
過ごせる空間があればいいですから。」困らせるつもりはないですからと
また優しくキスをした。「そばにいたいときにいてくれるだけで十分です。」
コーネフはヤンの黒髪を撫でた。
あんまりキスされると・・・・・・「落ち着かない。その、鼓動が早くなるし・・・・・・。」
君がほしくなるとイゼルローン要塞駐留艦隊司令官閣下はまなじりを赤く染め
呟く。
「水と、おれとどっちがいいですか。閣下。」
「いじわるだな。君は。どっちもほしいっ。」
DHMOは大量摂取すると毒ですからねと冷蔵庫のペットボトルを取り出してきて
口うつしで飲ませてあげますとコーネフはにっこりとほほえんでヤンの体におおい
被さった。
fin
いるまさまからのリクエスト作品。
「ヤンがネフの買った最新刊のクロスワード雑誌の最難関を解いてしまったら
ネフはどうするのか」
こんな感じになりました。リクエスト作品に限り贈呈させていただきます。にこ。
掲載するかどうかはフリーということで・・・。
こんなことでいいのかという小説ですみません。糖度だけは十分あります。汁。
|