スキを見せたら奪うから





お前さんに手込めをされそうになったら。

「股を蹴れとポプランがいってたぞ。」アッテンボローの執務室にやってきた

シェーンコップに言っておいた。



グレイッシュブラウンの髪と眸。アッテンボローは思う。



これなら女性が放置はしない男だろうなと。

帝国の血が流れているせいか端正な顔立ちに長身。

やや不遜さや不敵さが怜悧にも見える美丈夫な口元に浮かぶから同性からみると

鼻持ちならないが、女性であればその品性と野性味とが同居するこの男に惹かれる

のだろうなと想像してみた。



もちろんアッテンボローは男なのであんまりまじまじとシェーンコップをみず

端末のデータに目をやりつつ目の端で油を売りに来た要塞防御指揮官殿を

観察した。



「急所ではあるが急所故にまずそこは防衛するのが筋だろうな。第一飛行隊長は

まだまだ知恵が回らぬらしい。そこで少将は小官が抱擁なり接吻なりそれ以上の

行為に及んだとき、股間をねらうと手の内を明かした。不思議な話ですな。」

年長者の余裕か言葉は丁寧だが声に独特の落ち着きや風格がある御仁だから

どうもアッテンボローは階級差を感じない。いずれシェーンコップほどの男は有能だし

自分の上司になるやもしれない。それは別段驚くことでもない。



貴官が思うことと同じだ。

「貴官は陸戦の勇士なんだし股間を蹴り上げようとしてもあまり意味はなさそうだなと

思うし単なる話の種だ。」

アッテンボローは印刷した書類を束ねてファイルにとじた。

わざわざ。

「わざわざ仕事時間にまでここに油を売りに来る僚友にちょっとした冗談を言っただけ。」

ほうほう。



小官としてはそういう話より。「あの坊やと酒を飲みに行って悠長に構えている少将に

一つ苦言があります。」

アッテンボローはその先を代弁した。

「あの坊やは見境がない若造だからうかうかと近づくな、とでもいいたいのかな。

准将。」

頭の悪くない上官はいいものですなとシェーンコップはうなずく。

貴官も頭脳は明晰で人間の心理にたけていると思うからあえて言うまでもないがと

アッテンボローはスモーキーグリーンの眸を年長の僚友に向けた。



「貴官も同様のことと思うがおれは男は恋愛対象じゃない。貴官にしろポプラン少佐

にしろことあるごとにおれに気のあるようなことを言うが、はっきり言えば冗談にしか

受け取る気持ちはない。お前さんは使える男だしうちの司令官閣下が抜擢した幕僚

だから仕事仲間としては今後もよろしく願いたいが、おれをからかうのは悪趣味だし

おれは正直辟易している。ふつうに今まで通り美女をターゲットに戻して愉快な

恋愛を愉しんでほしいと切に願う。」



つまり安寧な日々を返してくれとダスティ・アッテンボロー提督は明言したのである。

ふむとシェーンコップは美しいともいえなくはない面持ちで考えるまねをする。

この男の頭脳の回転の速さは十分知っているからそれはポーズであると青年提督は

看破している。



陳腐な言葉で改まって言うのも気が引けるがと要塞防御指揮官殿はそれでも

言う。

「恋に理屈というものがない。これがまさに人生の奇跡で趣があるわけです。

小官はあなたがほしいんです。」



直接的な物言いだなとアッテンボローは思う。

「というとこちらもはっきり言うが貴官は男の尻に興味があったのか。」

まさかともと帝国貴族であった准将は肩をすくめた。



「あなたの青臭いところは妙に興をそそるのです。空戦隊の浮ついた小僧には

もったいない。あなたの魅力に目をつけたのはポプランにしては趣味がいいと思い

ますが子供にルーベンスの絵をくれてやるようなものでしょう。小官なら。」

あなたに神聖なる恋愛をご教示できます。



尊大な男だ。

「青臭さならお前さんのところに若い連中がたくさんいるじゃないか。おれは自分でも

それほど成熟しているとも思わぬから青臭いといわれて腹が立つわけでもないが

若い連中ならほかにいるだろう。そちらを当たれ。」

気を赦したわけではない。

一瞬の隙でシェーンコップのグレイッシュブラウンの眸が目の前にあった。



案外・・・・・・完全に成熟した大人でもないし剛胆さはあっても柔らかい色をして

いるんだなとアッテンボローは分析した。

そしてさらに気を赦した訳じゃないが。



柔らかい唇が重ねられた。

ぎゃあというには大人げないので持っていた分厚いファイルでシェーンコップを

殴ろうとしたが所詮、無理。反射神経が違う。



「隙を見せたらあなたを頂戴します。」

必死に袖口で唇をごしごしと乱暴なほどぬぐうアッテンボローは

隙など見せた覚えもないが今後はやつの半径30センチには絶対に

近寄らないでおこうとこのとき生命に刻み込んだ。



「そう簡単に籠絡できぬところがあなたのまた一つおおきな魅力ですかな。

手に入れがたいものは是が非でも手に入れたくなる。」

女とキスをするのと少し違う。



「せいぜい小官の手に落ちるまでじたばたと元気よく逃走してほしいものです。

捕獲する楽しみが増えますからな。」

とまさに傲岸な笑みを浮かべてアッテンボローの執務室から悠々と出て行った。



・・・・・・。

キスするってのは・・・・・・友情のそれではないし親族のそれでもない。

ファーストキスではないにせよ、とうとう男にキスをされてしまった。

触れるようなキスだったが、間違ってもあれはキス以外の何ものでもない。



あの僚友は本当に冗談ではなく自分をねらっているのかと思うと・・・・・・。



暗澹たる気持ちになる青年提督であった。

執務室の大きなテーブル越しにキスをされたら股間を蹴るなど

とうてい無理なのだ。



甘かった。

アッテンボローはつくづくやるせない気持ちになった。



fin

 



シェーンコップにも少しはおいしい目にあってほしいと願い。ここでは基本はPAです。

SAの話は別世界で存在するのでSAはここではこの程度でお許しを・・・・・・・。