指切りの代わりにキス






あのさあ。



そばかすの青年提督が声をかけた。外は珍しく雨。二人とも夜勤明けで少し眠ったあと。

「こういうことを言うのはなんだと思うけれど、いわないよりいったほうがいいと思うからいうけどさ。

お前さ。女性に声をかけられたらさ結構話しこむよな。助平だから。」



隣で横になっているワルター・フォン・シェーンコップは珍しい雨音を聴きつつ、自称アイジンの彼が

いう言葉も枕に顔を半分うずめながら聞く。



「・・・・・・まあな。どこか女性を誉めて、会話を愉しむのは男の礼儀だ。お前さんにはできん芸当だろうが

それが普通の男のたしなみだよ。青二才。」

とアッテンボローの髪を撫でた。



あちこちはねて艶っぽい風情はない。けれど、愛らしさは十分ある。



「まあ、それはポプランもそういうけどさ。でもお前くらいの男ならニヒルな笑顔でも見せて

クールに女をかわすことも余裕でできるだろう。え。エロ男。」



撫でられた髪をアッテンボローは所在無さげにいじる。のびた髪を切らないとなとも思う。

頭を撫でられるのは嫌いじゃない。勿論すべての人間にされたくはない。この隣の男にだけは

最近、まあいいかなとアッテンボローは思っている。



「そうだな。できぬこともないが女性に礼を失するな。世の女性に罪はないし。お前が気にする

ことでもなかろう。」







気にするんだよ。



裸の背中の肩にがぶりと噛み付いて。シェーンコップはすこし、驚く。

勿論本気で噛まれたわけではない。痛みもないがアッテンボローらしからぬ行動だったからである。



「気にするんだ。おれは。」

「ふうん。」やきもちかとシェーンコップはアッテンボローを抱き寄せた。

俺のどこに心があるかをお前は知ってて妬くのか。



「しってるけどな。お前、おれが好きなんだろ。」

少しだけかすれた声があだっぽい男だとシェーンコップは天井に向かって話をしているアッテンボロー

の声を愉しむ。普通に話してもあれだけひとを惑わすのだからたまったものじゃない。

「ああ。お前を愛してるぞ。ダスティ。」



「アイジンカラコイビトニシテモイイケド。・・・・・・そう女性に優しいまんまではオレノコイビトニハ

ナレナイナ。アイジンのままだ。」

すると。

「女性から声をかけられてクールに笑顔でかわせばおれはお前の恋人に格上げになるわけか。」

相変らず天上に向かって話している横顔を見て。そっと指で触れる。



こそばすな。



「別にアイジンのままでもいいかもな。確かに世の女性には何の罪もないし。お前が

そうしたければそうしろよ。」

大人になっているくせにそんなすね方をするから、いつまでもお前は青二才だと

シェーンコップがアッテンボローを抱き寄せた。シーツの海がさわさとゆれた。



「ふむ。恋人になる前に聞くがお前やっとおれに惚れたことを認める気持ちになったのか。

それくらいは成人男性としてきちんと相手に伝えないと笑いものもいいところだぞ。おれは

誰の身代わりでもいい。お前とこうして時間を過ごせたら誰の身代わりでもかまわない。

お前を愛しているからな。では、お前の気持ちは今どうなったのかきちんと伝えろ。

俺はお前を人間としても認めている。恥じらいを持っていいのは女だけだ。身代わりならそれで

いい。身代わりじゃないなら、それはまたいいかもな・・・・・・。」



シェーンコップは外堀をうめて内堀もうめたんだなとアッテンボローは彼をにらんだ。

そういう言われ方をすればこちらもきちんと言わなければ男の沽券にかかわる。

少しだけのりのきいたシーツ。少しくたびれたほうが手繰り寄せやすい。



雨音が窓をうつ。

散文的な気持ちに拍車をかけるような散文的なメロディ。



「お前は身代わりじゃない。もうすでに身代わりじゃないんだ。・・・・・・ただそれではおれの都合が

よすぎてずるすぎていえなかったし・・・・・・。自分の卑劣さを認めるのがいやだった。それとお前は

自分の言いたいことをうまく言葉に表現できるがそれはみなが持っている能力じゃない。おれはあまり

ないほうだから少し根気を持って聞いてほしい・・・・・・これは甘えか。」



青年があまりにまじめに言うので。

「まあ甘えだな。恥じらいではない。続けてみろ。」

と彼は答えた。

アッテンボローは真っ直ぐシェーンコップの眸を見ながらいう。



「あのひとの身代わりで人肌が恋しかったことは認めるしそういう情事でいいと思っていたのも

事実だ。でも・・・・・・今はお前がいないとツライモノガある。体だけのことじゃなくてあのひとじゃなく

お前を見ている自分に近頃戸惑っていた。お前が好きなのは認めていたけど・・・・・・今度は本気に

なったからこそ恐い気持ちが出た。・・・・・・嫌われたらかなりきついなとかな。そんな打算が働いて

堂々といえなかった。未熟と思うなら思えよ。事実俺は未熟だし、青二才だ。そこまでお前に

ほれたんだ。・・・・・・だからあんまり他の女性に優しくしている姿を見るのは好きじゃない。俺は

独占欲が強いんだ。



・・・・・・それがいやなならアイジンのままでいい。」



そこまで何とか言うとアッテンボローは自分の頭をかいた。

稚拙さや幼さや甘えが自分でも手に取るようにわかる。穢いなと彼は自分をそう評価している。



「今まで散々、お前の誠実さをおれは身代わりに使ってきていまさら本気で好きになったので

独り占めしたいっていうことだ。・・・・・・性悪なことを我ながら言ってるよ。」



という言葉の最後に彼の口はシェーンコップの唇でふさがれた。

「それが恋と言うんだ。お若いの。」

今度はお互いの舌が絡まりあう熱いくちづけ。



唇を解放してみると腕の中のアッテンボローは肩で息をしている。

鼻で息ができないのかとシェーンコップは微笑んだ。



「じゃあご希望に沿うように今後は女性に話しかけられても仕事以外の用件に関しては

うまくかわすとしよう。・・・・・・恋人がそう要求するのはある意味もっともなことだし。」

な。ダスティ。



「エゴな感情が穢いというが綺麗に生きられる人間は数少ないんだ。まして愛だの恋だの情が

絡めば相手を思いもする、自分だけのものにしようと思う。それはごく自然な気持ちだろうと

思うがな。」



でもおまえはそうじゃなかったじゃないか。

「あの人の身代わりにされていても俺を大事にしてくれただろ。そこに人間の差を感じる。」

それはすこしくやしいなと、アッテンボローはシェーンコップの肩に唇を当てた。



「経験値の差だろうな。気にするな。お前が妬くのはなかなか、興があっていい。」

こうして髪を撫でられていると自分が男性であり、成人であることを見失う。けれど女性でないのは

明らかで子供でも無論ない。ただ甘えてしまいたくなるし、現に甘えてしまう。

「ダスティ。お前が言うならそうしよう。それで気がすむならおれはそれでいいさ。」

独り占めしたいんだろと耳元でささやかれた。



「うん。そういうことなんだ。」

じゃあ恋人になったから言わせてもらうが。



シェーンコップはちょっと声を低くしてはっきりという。

「あのパイロットの小僧にはうかうかと近づくな。あれは俺より手段は選ばぬし、宗旨を変えて

お前に惚れないとはいえない。キャゼルヌはなんとも俺は思わないがあの空戦隊の男は

絶対だめだ。俺も独占欲が強いんだぞ。ダスティ。」

お前は自分の魅力に関してはほぼ無知だからなとため息混じりにシェーンコップは付け加えた。



「・・・・・・お前もやくのか。」

「無論。」



アッテンボローは彼にキスをしていう。「わかった。あれには気をつけるとする。」

それでいいのかとシェーンコップの眸を覗き込む。グレイッシュブラウンの眸はいつもどこか

余裕がある。それも経験の差なのかなとアッテンボローは思う。



せいぜい気をつけてくれと年長の恋人はアッテンボローの額に唇を当てた。



恋人らしい約束をした。

さすがに指切りは大人の男がするのもなんだから代わりに、キスをした。

雨はまだ降る。今夜も降り続けるという。その音を二人で愉しみながらシーツの流れる渦の中

肌を重ねる。



本当の恋をしたんだろうなと何度目かに突き上げられ男の唇を求めたときにアッテンボローは

自覚した・・・・・・。



fin