君の吐息は僕の媚薬・4






医局にて。



確かにこの瓶の中身をポプラン少佐が持ち込み検査を依頼したこと。

成分としてはごく普通の生薬や天然からの抽出分だけで薬害がないと検査ででたこと。

効果があるとすれば滋養強壮や疲労回復であるとバーソロミュー軍医が言った。



「これは本当に普通の薬局で売られているような疲労回復ドリンクの類ですよ。提督。お疲れが取れません

でしたか。」



・・・・・・別の意味で元気だったよ。数はわからないけど多分恐ろしい数のイイコトヲシタヨウナ気がする。

しかもねだったのは彼女。

「確かに体が熱くなったり眠りにくくなるんですよね。この種のものは。でも無害ですよ。」

と軍医が言うので小瓶をポケットに入れて執務室に帰ってきた。



なんだかよくわからないままだけど・・・・・・。



頭痛薬を飲んだところでこの鈍痛は治まりようもないし、仕事でもしようとまた書類の山に埋もれる

女性提督だった。

「閣下、せっかく医局にいかれたなら頭痛薬の一つでももらえばよろしいのに。」

副官はのんきに言う。

「薬は飲めば言いというものでもないし薬は好きじゃない。このぐらいの頭痛はどうってことないよ。」



・・・・・・薬の類は少し遠慮したい気持ちであった。








2000時。

大体1800時で仕事は終えるのだが、フレデリカ・グリーンヒル考案の書類分類をいたく評価した要塞事務監

の仰せのように、その分類方式を真似て一日事務処理をしたアッテンボローは満身創痍というやつであった。

寝ない、食べない、働く・・・・・・これでやせられると誰かがいっていたっけと思い出しながら、食べるだけは

食べようと思う。・・・・・・部屋は暗くてひとの気配もない。



いつもなら先に帰っているはずのポプランがいなくて先に帰ってきたのはアッテンボローだった。こうなると

いつもよりぐんと部屋が広く感じる。



「・・・・・・・広い家も考えものだな。」彼女は幼少時から大所帯で育っている。裕福というわけでもなく

貧しいとも違う。いつも姉のうちの誰かと部屋が一緒で。士官学校でも女生徒と一緒。少尉になって

任官してはじめて1人の部屋を与えられた。

わずか5ヶ月の憲兵時代。3ヶ月で6件の政治汚職の摘発をして士官学校教官にとばされ。

ま、そこはいいとしても左官になったときヤンから聞いてはいたけれど部屋が広いなと思うことが

多かった。



ポプランはこんな広い家でいつも自分を待っていてくれたのかと思うと。

少し笑みが漏れた。



冷蔵庫から作りおきの食事を出して温める。体の疲れには風呂だなと彼女は浴室に向かって浴槽に湯を

ためた。バスソルトを手にして・・・・・・。蜂蜜のかおりがなまなましい・・・・・・気がして違う香りのものを

選んだ。ちょっと変わっているけれど彼女の好きなシャンパンの香りというものが出ていてそれを先日

かったばかり。

「うん。いいにおい。いいかんじだな。」



それにしても一向に帰る気配がないな・・・・・・。



料理は温めていつでも食べれるように。ベッドメイキングもきちんとして。風呂も・・・・・・。

「浮世のつき合いで飲んでるってことかな。・・・・・・・飯食おう。腹がへってだめだ。」



彼女は職業軍人であるのできっちりと自己管理できる。食卓の食事もきちんと。・・・・・・。食べない。



頭痛や体の痛みはないけれどどうも調子が今ひとつ。寝ないで指揮をとることだって多いのに、なんだか

やわな自分だと思いつつ。「先に寝よう。おやすみなさい。」とご馳走様をして楽な服装に着替えてベッドに

もぐりこんだ。案の定彼女はすうっと眠りに入る。








ぐっすり寝入ったのであろう。隣にポプランがもぐりこんでもアッテンボローはよく眠っていた。

浮世の付き合いとはよく言ったもので、部下から恋愛の相談をされればそれなりに付き合うやさしい

上官なのがオリビエ・ポプラン少佐であった。連絡を入れればよかったのであるが最近恋人が冷たいと

あまりに世を悲しむ部下が哀れで仕方なくこの時間まで飲んできた。



あまり遅い時間ではなかったけれどやはりアッテンボローは眠っていた。食事を食べた形跡はあるが

どうも食べきったわけでもないし、浴槽に湯ははってあってもそれにも入らずまず睡眠を選んだようだ。



15回だもんな、とポプランは笑みをこぼした。

「・・・・・・おやすみ。ダスティ。愛してるよ。」



眠りこけている彼女の耳元でささやいて自分は「行政解剖学」の本を読み出した。知識階級に属することは

あまり知られたくない彼の秘密である。彼女の方にランプの明かりを向けぬように背を向けて活字を眺めて

いたが。

「・・・・・・あん。」という吐息一つ。ポプランの背中にぴとっと張り付いて眠るアッテンボローの寝言だったらしい。

・・・・・・起きているわけではないけれど、彼女はポプランの背中に腕を回して眠っている。



媚薬だとか惚れ薬。大いに結構だが。



ポプランが医局に訪れたのは丁度女性提督が首を傾げて出て行った30分後であった。

軍医にそれとなくうまく聞き出すと。あの液体は事実疲労回復薬ではあるが男性にとっては「精力剤」の

効能もないとは言えないといった。



「でもね。この程度の成分はちょっといい値段の栄養剤にも入っているし格段に精がつくものじゃないん

だよね。昔の人はこれを男性の回復薬といってあがめたみたいだけれど特に抜群な効能はなくて

プラセボって少佐言ったでしょ。思い込みで元気になるといった類のものなんだな。女性提督がまあ、

男性となっている時期に飲んだことで・・・・・・何か変わるものかな。というかね。やっぱり彼女が男性に変わる

ことのほうが、珍しいよ。どう考えてもね。」



それはそうだ。



女になったり男になったりするのはおれの提督しかいない。ポプランは思う。

つまり不思議な性転換とありふれた精力剤で不思議な夜を過ごしたということなんだろうか。

回された細い腕を手にして指を絡めてポプランは彼女が起きないように本を読む。



結論。

今度男になったときには薬には気をつけよう。



いつも活力に溢れ軍人としてきちんとした生活を送る彼女が、こんな早い時間に寝入ってしまうほどの

ハゲシイヨル。悪くはなかったけれどそういうペースで愛を交わさなくてもいいような気もする。

彼女が自分に寄りそって安心して眠っている。指を二人絡めて同じベッドで彼女は眠り自分は本を読む。

これってなかなかいいことだとポプランは思う。いつもつながっていなければ不足というのも、興がない。

ハゲシクアマイヨルもいいのだがたまには静かな甘い夜もいいなと「解剖学」の世界に没入している

撃墜王殿。



「ん・・・・・・・。」



普段はどうも自分のほうが眠りが深いから彼女の悩ましい寝言は聞いたことがなかった。秘密の読書家は

やはり今夜は本に没頭できないと明かりを消してアッテンボローを正面から抱きかかえる。

暗い中目がなれると、綺麗な寝顔の恋人が安心しきって眠っている。









「・・・・・・オリビエ、だいすき・・・・・・。」



うーむ。寝込みを襲うのは卑怯かなと思うけれど・・・・・・・。



アッテンボローの吐息がポプランにとってはどんな惚れ薬よりも効果的。こういうあどけなさと、いとしい様子に

すごく弱い。特にアッテンボローは普段は小憎らしいほどのポーカーフェイスだし、甘えてくるときのギャップが

またたのし。



「こら。誘惑するな。襲うぞ。」と一応言ってみる。

「・・・・・・・うん。いいよ・・・・・・。」眠たげにまぶたを開けて宙(そら)色の眸がポプランを見つめる。



「ごめん。起こすつもりはなかったんだけど。」

「ううん。でも襲うつもりだっただろ。」彼女は恋人の鼻の頭にキスをした。

「・・・・・・何時だろ。結構寝た気がする。」



まだ深夜ですよとポプランはアッテンボローの唇に唇を軽く重ねた。



ついばむだけのキスだったのに、どちらからともなく舌を絡ませて鼓動が早くなるような、甘いくちづけに

変わる。彼女の吐息でポプランは脳天に甘い疼きを食らう。白い腕が首に回され綺麗な筋肉のついた

彼の体を抱きしめて首筋にキスをする。彼女の胸に手を当てるととてもやわらかくてそして、心拍が

あがっているのを感じる。身をよじってポプランの体に寄りそおうとするアッテンボローがかわいくて。

そして・・・・・・・やっぱりとても好きで。



「・・・・・・本格的に襲うぞ。ハニー。」

「・・・・・・うん・・・・・・。」というアッテンボローの唇をキスで封じ込める。「あ。だめ。だめ。だめ。」と

アッテンボローは急に腕からもがき出ようとする。



「・・・・・・何がだめなのかな。ハニー。」ポプランはもがくアッテンボローの首筋にキスをする。

「・・・・・・・お風呂はいる。それまで待って・・・・・・。ね。」と半ば脱がされた素肌にシーツを巻きつけた。



ポプラン少佐は歴戦の勇士であるので。

そのままシーツごとアッテンボローを抱えあげた。



「二人で浴びよう。風呂に湯がはっていたけど冷めてるだろうから入り直ししようぜ。」

そして浴室でイイコトシヨウ。



もっとも。

「おれはシャワーなしでもお前のにおいが好きだな。ダスティ。桃の香りがしてフェロモン全開だし。」

そんなつもりないもんとアッテンボローは顔を真っ赤にする。



そういう香りは他の男には匂わせてはいかんぞとポプランはアッテンボローの額にキスを落とした。



「ほんとに風呂に入るだけだから。続きはさ、普通にベッドでいいじゃん。」

「いや。風呂でイイコトするだけだから。続きはベッドで。」



意見の相違。



「たいした相違点じゃないな。」ポプラン少佐は歴戦の勇士なのでアッテンボローを抱えたまま

浴槽の湯をはりなおして熱いシャワーを出す。

「何でおろしてくれないわけ。」

「・・・・・・離したくないだけ。」と綺麗な唇に唇を重ねた。



バスソルトは蜂蜜の香り。「今日はゆっくりイチャイチャシヨウナ。」

耳元でやらしい声でポプランがささやく。・・・・・・この声だけで鼓動がぐんと早くなる。

胸の奥にじゅっとした高ぶりを感じる。





二人の帰結としては、恋するもの同士の甘い吐息は何より勝る媚薬となる。

当分少佐が「行政解剖学」の蔵書に親しめる夜はない。



fin


 



えちなしで。あってもよかったんですが女にもどってるしなどうしようと悩み今回はえち抜きで。

男と女でもえちありかいてもいいか悩む今日この頃。

その「行政解剖学」の本は私に貸してください。興味あります。少佐。