こんな時ですら浮かぶ顔







夜がきて。彼は彼に身を任せる。

彼はとても優しい。もっと強引な男だと思っていたけれどそうじゃなかった。

大きな一見無骨な手すら肌にあたたかく、情事のさなかの痛みすら甘いものに変えてしまう。

愛情なんてほしくない。

やさしさがほしいわけでもない。

本当にほしい愛情は自分の手には届かない。

本当にほしいやさしさも自分の手に届かない。



まだ誰も愛せない。

だから、これ以上愛されるとやさしくされると、ますます自分が穢いものに思える。

もう背中には羽根などなく、本当の自分は夢など見ることもできないのに。

堕ちた姿をまざまざと見る気がする。こたえられたら幸せだろうが

自分にはそれは、今はまだ心に愛がない。



これ以上愛してほしくない。

愛情で抱かれたら自分はすべてを裏切ることになる。愛していない男に体を任せて

よがる薄汚れた存在になり。こんな時ですら浮かぶ顔は・・・・・・あのひと。



「不毛な関係だよな。お前はいつまでおれに付き合うつもりなんだ。」

シェーンコップの長い腕に絡めとられたアッテンボローはまだ息を整えることができない。

彼との情事は濃厚で間断ない。触れられるとまだ体がひきつく。これってセキズイハンシャかと

アッテンボローは額に自分の手のひらをあてる。すごい汗。

「さあ。ほかにいい女がいれば考えるが今はお前のことで余裕がない。」

彼の声は静かに響く。快い声音。

「お前って体温が高くないか。・・・・・・寒くなるときは丁度いいな。」

アッテンボローは抱きかかえられたまま、肌を重ねたまま呟く。やや自嘲気味に。

「どうだかな。言われたことがないな。冷たい男ともいわれたこともないが。お前に春が来るまで

側にいてやってもいい・・・・・・。」長く骨ばった指が髪を掬う。

「おれに春か・・・・・・。誰か女性を愛するときが来るとか、結婚でもするときか。おかしい。

我ながらおれには似合わないな。・・・・・・おれには似合わない。ワルター。」



だから。

いつでも置いていってくれていい。一人にしてくれていい。お前がおれに優しくするごとに

おれは自分が情けない、ひどい男のように思うから。

「お前は案外ネガティブなんだな。ダスティ。顔に似合わず。」

「・・・・・・おれの顔のどこがポジティブなんだ。」

全部。

指が頬をなぞり鼻筋をたどる。「このそばかすだな。多分。お前を陽気で健全に見せるのは。」

そばかすか。

「肌が白いから目立つんだろう。制服組は優男が多い。」

シェーンコップは指をアッテンボローの口に含ませた。その指を舐めるアッテンボローが

なまめかしく。

「・・・・・・コケにする割りにおれにはなぜ必要以上に優しくする?ワルター。」

指じゃなくて欲しいのは唇。アッテンボローはシェーンコップにしがみついて唇をむさぼる。



「・・・・・・お前といると生きている実感が湧く。」

それもやさしさだなとアッテンボローは思う。すべて彼は知っている。

シェーンコップは知っているのだろう。愛してるといえば自分がまだ彼を愛せないまま

抱かれていることを苛む(さいなむ)から、必要以上に言わない。


この男を愛することができたら。

偽らない笑顔を取り戻せるだろうか。



-先輩先輩とうるさい奴だな。ま。事実に違いないからそれもよかろう。-

あなたに会いたい。

でも会えない。

偶然を装ったとしてもあなたの前で偽りの笑顔しかできなくなったおれはあなたに会えない。

-おれが婚約したのがそんなに面白いのか。からかいおって。-

あなたと永遠に一緒にいられると幻を描いていた少年期の終わり。

背中が遠く見えた。



ときどきおれは潰れそうなほど泣きたい夜がある。

その時側にいるのは・・・・・・。本当にお前を愛せたらおれはまた笑顔を取り戻せそうな

気がする。

「まだ振り向いてしまう。・・・・・おれはあいにく回りが期待するほど前向きになれない。特に

この問題では。未練がましいんだ。おれ。」

抱き締まられたまま・・・・・・実は何もかもをさらせるのはお前だけなんだ。

だけどそれは愛じゃないかもしれない。



「・・・・・・愛想が尽きないのか。」

「つかせたいようだな。」

人を思う気持ちなど、人がどうこうできはしない。だからあいにく愛想はつかない。

「お前を嫌いになる理由がない。お前とであったときにさきに誰かを思っていたことも知って

おれは恋をした。振り向こうが振り向かなかろうが関係なくお前を欲しいと思った。・・・・・・

こちらから嫌う理由は今のところないな。おあいにくだが。ダスティ・アッテンボロー。」



じゃあお前は共犯者だ。



「共犯かな。確信犯かな。おれは清廉潔白な男じゃないし・・・・・・まだ誰かを愛する気持ちが

でない・・・・・・よくわからんのだ。」

青年提督は仕事振りはともかくいろいろと未熟であるなとシェーンコップは思う。

「確信犯だよ。おれは。お前に恋した。他の誰かを慕うお前に惹かれた。今は夜をともに越えたいと

思うのはお前さんだ。別におれを愛せとは言わない。そんな感情はコントロールできる性質のもの

じゃない。」

言えば言うほど傷つくのが見えるから。



彼は彼を抱く。

アッテンボローはともかくシェーンコップはこれは恋だと思う。愛情でもある。



何もかもさらけ出して傷も見せてそれでも好きかと尋ねるのは・・・・・・失いたくないから。

アッテンボローは気がついていないけれど、彼の心に徐々に入り込んでくるシェーンコップを

拒まないところが実は恋。



シェーンコップはそんなねじれた気持ちすらいとしく思っているから、やはり側にいて

彼を抱く。その曲がった愛情にアッテンボローはいつ気がつくのか。



「おれもお前といるときは穢くてもするくてもいいと思えて楽なんだ。」

それで十分。側にいるには十分すぎる理由だとシェーンコップはやさしいキスを

落とす。



そんな夜。



fin