ぎこちなく微笑んで
「今日は来るな。」
ダスティ・アッテンボロー分艦隊司令官とワルター・フォン・シェーンコップ要塞防御指揮官は
周知の公認の仲。
勿論公認とはいえどヤンは「・・・・・・お前は女運がないね。」というし。
諸手をあげて祝福されているともいいがたい。
けれど恋人同士であることはイゼルローン要塞では知らぬものはない。
当人同士吹聴した覚えはないがこの手の噂は・・・・・・愉快だ。
すぐに知れ渡る。
いつもはシェーンコップがアッテンボローの部屋に行く。ほぼ毎晩。
演習や訓練がなければ昼もいる。
それをまわりもアッテンボローもどうこうは言わない。
シェーンコップは仕事にさわりを出さない。それなら誰も文句はない。
いつも前触れなく訪れてアッテンボローは文句を言わないが「今日は来るな。」
とすれ違いざまにいわれた。
昨夜は勤務でシェーンコップは恋人の部屋を訪れていない。
「すねてるのか。」
「違う。ちょっと今は急ぐから。それから今夜は来るな。怒ってるわけじゃない。誤解するなよ。」
ファイルを小脇にかかえてアッテンボローはヤン・ウェンリーの執務室に入っていった。
誤解をするなというからせいぜい勘ぐりを入れてやろうとシェーンコップは思う。
他の女に手を出していない。他の男にも手を出していない。
行為のときも怒らせてはいない。
さて。避けられるゆえんはなんだろうと要塞防御指揮官殿は考える。
来るなといわれれば行きたくなる。あいつは誘うのが実はうまい。
シャープな外見とうって変わって恋愛音痴だったアッテンボローだがかえって
そのうぶなところがかわいく思える。
「おれもおかしな趣味をもった・・・・・・。」
仕事を終えていつものようにアッテンボローの部屋に行く前に。
「准将。ちょっと。」こいこいと手招きをするのは
イゼルローン要塞駐留艦隊司令官ヤン・ウェンリー。
どうせアッテンボローのところにいくんだろうと珍しく人のプライバシーに入り込んできた。
「いけないんですか。」
「いや。邪魔をするために呼んだんじゃないんだ。どうせ会うならこれをあいつに渡してくれ。」
ヤンは小さな紙袋をシェーンコップにわたした。
「・・・・・・なんでこんなものを閣下が持っているんですか。」
紙袋の中身を見てシェーンコップがいう。
「午後に私の執務室で話しこんで忘れていったみたいだ。医局で出されたのに嫌いだから飲まない。
ちゃんと飲ませてくれ。あいつは風邪は気合で治ると思い込んでいる。早退するように手配したんだ。
今日は早く寝かせてくれないか。准将。」
薬嫌いだからな。あれは。
来るなというのはそういうことかと合点がいく。
渡したからねとヤンは頭をかいた。
「あいつは薬が嫌いなんだよ。飲ませるのに骨がいるけど。」
「知ってますよ。これを置き忘れたのも確信犯かもしれないですな。」
うん。多分ね。
「あいつは手がかかるんだ。准将。世話してやってくれよ。粗末に扱うと・・・・・・。」
どうするんですかときく。
「まあいいよ。好きにしなさい。人の恋路に口は挟まないよ。」
賢明ですとシェーンコップは敬礼してヤンを見送った。
合鍵で中にはいるともうベッドにもぐりこんでいるアッテンボロー。
「自己管理ができないとは少将閣下ともあろう人が。」
「・・・・・・来るなといったのに。」
ベッドに腰を下ろしてシェーンコップは大きな手でアッテンボローの額に触れた。
熱いな。
「おれは現在反抗期なんだ。」
飯は食ったのかときけば食ったという。「何を食べたんだ。こら。青二才。」
「・・・・・・アイスクリーム。」
ばか。とシェーンコップはいって士官食堂で作ってもらったスープを温める。
彼はあまり料理をしないしする必要がなかった。
女が作ってくれるか女と食べに出るかすればよいことだから調理の必要性を感じていない。
陸戦だから野営のために食糧を確保はしても台所に立つというのはあまり好きではない。
しかしながら普段は才覚溢れ生き生きとした笑みをこぼす恋人が「アイスクリーム」しか口にせず
仕事を早退して寝込んでいる。シェフに頼んでスープを作らせた。ほかに何かくちにできるかと
考えて果物を買ってきている。手がかかる男だなとキッチンでふと微笑む。
「青二才。ちょっと起きろ。」
・・・・・・。確かに自分はこの男より5歳歳が下だ。
けれど青二才という年齢でもないぞといいたいが
「・・・・・・のどいてえ。」
背中にクッションをあてがわれてもたれて座る。のども痛いし熱っぽい。
あたたかいスープを一口ずつ仕方なく飲む。「のどが痛くてもそれは飲めよ。」
返事をするのも面倒だ。シェーンコップはアッテンボローを監視している。
味が今ひとつわからないなとアッテンボローは思い残そうとするが無言のプレッシャー。
ふうとため息をついてなんとか平らげる。
「よくできた。次はこれ。」と水と錠剤。
「薬は好きじゃないんだ。」
「感冒薬なら飲まないでも文句は言わないがこれは抗生物質。飲まんと熱は下がらない。」
とシェーンコップは座っているアッテンボローの鼻をつまんで薬をほりこみ水を飲ませた。
げほげほげほ。
「じゃ。寝ていいぞ。」
乱暴だなとアッテンボローが文句を言って横になった。
「風邪を引いたから来るなというほうがよほど乱暴だ。つれないことをいう。
今夜はここにいるからゆっくり寝て治せ。」
・・・・・・。
なんだ。不満なのかとシェーンコップがいうと「しないんだ。」とアッテンボローは
ごほごほといった。
「病人をいじめる趣味はない。」
「なんだ。ならいていいぞ。・・・・・・おやすみ。」
丸まって眠ろうとするアッテンボローに。
「でもキスはする。」
いうが早いか唇に熱く唇が重なる。9秒後。
「・・・・・・・うつるぞ。ばか。」
「そんなやわな体じゃない。早く治ってもらわないと困る。」
「・・・・・・・。」
ばか。
額に優しくキス。
「抱きたいからだけじゃない。ぎこちない笑顔じゃなくてお前の本当の笑顔が見たいんだ。」
よこしまなことを考えずに寝ろよ。と要塞防御指揮官殿。
そんなそっけなくも、あたたかい何かがアッテンボローは好きだった。薬が効いてくると
眠りに落ちた。
長い夜。ワルター・フォン・シェーンコップ准将は読書をしながら
恋人に決まった時間に薬を飲ませて過ごした。
ダスティ・アッテンボローは唯一准将に甘えてもいい男であった。
fin
おちない。
毎度のことですが。久々のコプアテ!なんか勘が戻りません。
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